SITE MÉTÉORIQUE

隕石の堆積場

人生の展開を信頼する

素敵な未来も そうでない未来も 両方存在していて
「今」が進路を決めている
ほんとにそうなの?

今というものは どちらにせよこうなるしかなかったものの集積な気がする
何をどうしても結局こうなった気がする
私は選択なんてしてきたの?
何を望むのかさえ与えられている
どんな未来を望むのかさえ
私という個人のエゴを超えている

私は宇宙に開かれていて 私の人生の展開を信頼する

なるようになる 頑張らない
成長しようと願うことさえ傾きなのかも
何が成長であるかを勝手に判断しているから
狭い視野で判断しない
私という個を超えた視点を持つ

変わっている人

東大野球部に入り、そこで活躍して注目を集めプロ入りするという青写真を描き、実際そのとおりにプロ選手となった人物の伝記的な映画を観る。主演はなぜか韓国俳優のK。

普通なら強豪校に入ってそこで鍛えられることでプロを目指そうとするだろうに、Kは生まれつき独特の考え方をする人物だった。必死に勉強して東大に入り、その野球部で群を抜いた活躍をすることで世間に注目されるという道を選択した。実際にKはそこで活躍し、例年よりも東大の戦績を向上させた。メディアがKについて取り上げ、彼は一躍時の人となる。そして思い描いたとおりにドラフトで指名され、プロ選手となった。

彼の独特の人となりを、周囲の「普通の」人々との対比の中で描き出している。彼の家族や恋人も、それぞれ一癖ある人物で、世間の常識的な考え方に与しない。それぞれに尖っているのでぶつかりあうことも多いけれど、最終的に「変わっている」人々は変わっているがゆえにお互いを深く認め合う。

入団した彼はインタビューを受ける。どうして敢えて東大に入ってプロを目指そうとしたのですか? それをあらかじめ心に決め、実際に実現なさいましたが、一体何がそのような道を選ばせたのですか?
彼は答えた。緻密な計画を立てて策略をめぐらしたかのようにおっしゃる方が多いのですが、特に深く考えてこうしたわけではないんです。ただなんとなく、こうしなければいけない気がして、自分の内側の声に従っただけなんです。僕は頭空っぽなんですよ、ほんとに。
フラッシュが焚かれる中で、緊張し、はにかんだ笑みをこぼす彼は、自分に何が起こっているか本当によくわかっていないような顔をしていた。長く伸ばしたままの髪を後ろでひとつに結んでいる。それが彼のトレードマークになった。

野蛮な時代への追憶

殺人の追憶』 2004年、ポン・ジュノ監督作品。傑作だという評判なので以前から観たかったこの作品をようやく観た。

ろくな証拠もなく、疑わしい人間を暴力と捏造で犯人に仕立て上げる。刑事が創ったストーリーをそのまま容疑者に喋らせ自白とする。なんとも杜撰な80年代韓国の地方警察。度を越せば上司の大目玉を喰らうことはあれど、彼らにとってはそれは当然のことで、慣習に則って当たり前のことをしている感覚。そこへ都会からやってくる、「書類は嘘をつかない」が口癖の、現代の私たちから見れば真っ当な感覚を持つ刑事。

対立する水と油の彼らだけれど、不思議とどちら側にも感情移入していかない。幾人もの容疑者も含め、登場する人物のすべてがどこかいけ好かなくて、映画という虚構空間に配置されたままの彼らのそばへと、すんなり近づいていけない感覚があった。知的障害のある最初の容疑者と同じように、誰もが互いに「話が通じない」という絶望的な距離の向こうにいる感じがする。誰もが凡庸で、自分の理屈だけで行動する。

黒澤明の遺伝子が韓国にあった」と評した方がいたそうだけれど、言い得て妙だと思った。圧倒的な細部へのこだわりを感じた。ちょっとコミカルなエピソードを挟み込み、それが絶妙な奥行きとなって陰影をもたらしている。そういうディテールの妙は北野武監督作品に通ずるものもある気がした。二人の刑事が飲み屋で言い争うそばで、上司がゲロを吐いてしまい存在感を示すシーンなど、すごくいいと思った。

愚かで人間臭い刑事たちは、情熱がないわけではなくて、むしろ犯人への憎しみだけで個人的な復讐を果たそうとするような、刑事としてはどこか不健全でもある情熱に支配されていく。一緒に走り続けるうちに、地元の刑事よりも、ソウルから来た理知的なはずの刑事が、より深くその泥沼に嵌ってしまったことに気づく。田舎町の、土地に根付く奇異な情念に染められてしまったかのように。発砲までして、ひとつ間違えばDNA鑑定で容疑者から外れたはずの容疑者を殺害してしまう寸前まで行く。
その最後の容疑者だけが、この空間で唯一、異質な匂いがする存在。彼が犯人だったのかどうか誰にもわからないけれど、「話の通じない」人々に対して、自らの意志で固く口を噤んでいるかのように見える。知的で涼しい表情を崩さない。そのうえで、内部から強い拒絶と嫌悪を滲ませる。パク・ヘイルの表情の演技が凄かった。あの表情は忘れられないと思う。

このストーリーは実際に起きた事件を下敷きにしているそう。「追憶」という言葉は、解決できなかった過去の事件への悔恨を込めた刑事の目線であり、同時に社会全体の、民主化前夜という野蛮だった時代への眼差しでもあったのかな、という気がした。

月の魔術

月が雫をこぼしてる! あれは月の涙かな? あっ、いま月が裏返ったよ!
私は誰かと手をつないで歩きながら、ずっと夜空を見上げつづけている。月が私たちを観客に手品でも披露しているかのようで、一瞬も見逃せない。いつもと同じように黄色いその色が、何かとても新鮮な、初めて見る色彩のように感じる。

月は泣いたり笑ったり忙しい。月の涙は黄色く半透明で、夜空に散ったあと、きめ細かいスポンジのような闇に吸い込まれて消える。あの雫はどんな味がするのだろう。舌の上で想像する。ほの甘く、清らかな味だろう。
月がこんなに感情豊かだったなんて知らなかったねと、長い坂道を下りながら、私たちは話した。真黒な甍の上を、墨で描いたように雲が低く流れていた。この世界は月のためにあり、ただ月のためだけに用意された舞台であるのだと気づいた。

巨大ハンバーグ定食

ラグビーボールくらいの大きなハンバーグステーキを食べる。ランチのセットを注文すると、その巨大ハンバーグ、ライスとサラダの小鉢がが出てきた。周りの人たちも当然のようにそれを平らげている。そんなものなんだと思って、私もそれを食べる。食べきれないと思いきや、なんとか完食する。満腹で内臓が重く感じる。血管をデミグラスソースが流れているような感覚。

翌日、食卓に家族の人数分のお弁当が置いてあり、それぞれ好みのものを選んで食べ始めていた。最後に一つだけ残されていたお弁当は、昨日の巨大ハンバーグ定食と全く同じ内容だった。またそれを食べるしかない。もう肉食は卒業したいと願っているというのに、偶然が私を弄び、嫌がらせをしてくるようで不思議だ。
うんざりしながらも、二日目の巨大ハンバーグも完食する。こんな気持でいただくのは、肉を提供してくれた動物にも申し訳ないと思うけれど、もううんざりだという思いが、肉汁のようにとめどなく溢れ出て仕方ない。

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肉食が苦手になってきていて、ハンバーグなんて久しく食べていない。卓球の球くらいのミートボールが関の山なのに。