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Dépôt de Météorites

エラー

鏡を見るのが怖かったのは
自分が内側で認識していることと外側の世界の現実が一致しないことを知らしめられるから
そして内側の認識のほうが間違っていると信じてしまうから
写っているもの見えているもののほうがエラーだとは思いもしないで

真実は外側の世界じゃない
私が 私と私の世界をどう認識するかが全てだ

私の認識が間違っていると信じるから
鏡にエラーの像が映る

手のひらに隠した貝殻

彼は、とても女性的な男性だった。見た目も、心の中身も、誰よりも繊細で、艷やかな絹のように傷つきやすかった。彼自身、それをコンプレックスに感じている。彼はそれを語ったわけではなかったけれど、私には手に取るように理解できた。気づいているだろうけど、あなたが恥じていること、それはあなたの魅力でしかない。そう伝えると、彼は目を潤ませ、遠くを見るふりをした。

彼の心の傷は、とてもわかりやすく、誰の目にも明らかなように思えた。わざわざ私が言葉にして伝える意味はないように思えた。余計なことを言ったら、気分を害してしまうかも知れない。それでもなぜか、彼に伝えなければいけないのだということを知っていた。私には当然のように苦もなく見えてしまった彼の水底を、率直に照らし出し理解する人は今まで一人もいなかったのだということを、彼の横顔から悟った。

学食のようなフードコートのような、殺風景で猥雑な広場に、喧騒が反響している。幾重にも響き合う耳鳴りのような雑音の中で、私と彼の間に佇む沈黙が輝いている。
大勢の見ず知らずの人々が行き交う中、私達だけ時が止まったように感じている。停止した時を彼と共有していることを、とても幸せに感じる。大切な貝殻を手のひらに転がすように、この沈黙を味わい、潮騒に耳を澄ませた。

 

宇宙のかけら

私は 社会に生きたくはない
世界に生きたい
宇宙に生きたい

これが私のいつも戻る場所で
いつも再確認すること
宇宙のひとかけらであることを
いつも忘れずにいたい

社会にどう適応するかなんて
いのちから見るならば 
なんてちっぽけで 近視眼的なこと

長い迷路に迷い込み 出口が見つからないまま
袋小路でうずくまっている 
正しい呼吸の仕方もわからない 
それが私の人生
それでも 私は世界に包まれていて
世界のなかで息をしている

夾竹桃

緩いカーブの坂道を下りながら、家へと歩く。中学校の裏手の、よく知る坂道だけれど、あたりは薄暗く、鉛のような灰色の重たい粒子が軋み合っている。道路脇の幼稚園の敷地から、はみ出た木々が侵食している。立派な枝振りで、一枚ずつの葉が異常に大きい。人間の顔二つ分くらいの面積の葉が、我が物顔で道路にせり出し、それを避けて道路の中央近くまで膨らんで歩かなければならなかった。対向車が放つ上向きのライトが、眼底を刺す。車は私を避けるためハンドルを切らねばならず、ドライバーの舌打ちの音が聞こえてくるよう。

車道にできるだけ飛び出ないように気を遣って歩くうち、巨大な葉の一枚が私の頬を掠った。葉の縁は剃刀のように鋭利で、頬には赤く細い線が刻まれた。羽で撫でられたように、全く痛みはなかった。自分の指が赤く染まったことで、それに気づいた。これは夾竹桃という木で、毒があるので有名なんじゃなかったかな。麻酔にかけられていた感覚が戻るように、おもむろにそのことを思い出す。

道路の反対側に渡る。そちらにも街路樹がまばらに生えているが、背の高い落葉樹だった。樹の根元に、蜘蛛の巣が張られている。巣は何重にも重なって分厚くなり、グレーの綿の塊のように見える。そのため至近距離に近づくまで、それが蜘蛛の巣だと気づかない。

鮮やかなピンクと紫の混ざりあった、稀に見る美しい羽を持つ蝶が、蜘蛛の巣に止まった。その色彩は、どことなく不透明で均一な、油性の画材を思わせる、乳白色を混ぜたようなトーンだった。何者かの意図を持ってピンクと紫の色彩が点綴され、その細密さに何らかの意味、例えば解読できる暗号のようなものが隠されているような気がした。

樹に近づき、それが蜘蛛の巣だと気づいた瞬間、気味悪さが込み上げて、不意に後ずさりをしてしまう。突如として調和を掻き擾すような私の動きに、蝶も虚を衝かれたように舞い上がる。宙をひらりと舞った後、蝶は、私の靴の裏と地面のコンクリートとの間に滑り込む。右足で蝶を踏んでしまった私は、慌てて足を上げようとしてよろめき、尻餅をついてしまった。

蝶は、靴底で押しつぶされた後も何事もないように舞い続けていたけれど、その羽ばたきは、痙攣しているかのように、どこか神経質で機械的なものに変わった。

下校中の中学生が寄ってきて、尻餅をついた私を見ている。蜘蛛の巣に驚いたと思ったようで、少年は足で蜘蛛の巣を蹴散らし、ほら、これで大丈夫、と言うような顔で私を見た。作り笑顔ではなく、何の作為もない、どこまでも透明な顔だった。