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隕石の堆積場

黄金の部屋

陽だまりで、愛犬のネルと戯れていた。南の空低く太陽が横切り、ガラス越しに長い影が伸びている。板張りの床の上、影が踊るのを見つめる。ポメラニアンのネルはベージュ色の毛色だったけれど、陽光に細くふわふわした毛の一本一本が煌めいて、黄金でできた極細の糸のようだった。

黒曜石のような瞳が見つめている。マミー、何か忘れていませんか? そんな訴えが意識に直接聞こえてくる。そうだった、ご飯を出すのを長い間忘れていた。どれほど長い間忘れていたんだろう。納戸部屋に入り、奥の方からドッグフードの袋を引っ張り出した。
かつてネルが愛用していた、懐かしいステンレスの器にフードを出してやると、喜んで顔を突っ込んだ。夢中で食べているネルの被毛が、体が揺れるたびにまた光の中で輝く。ご飯をあげたのは何年ぶりだろうと、ふと考えた。ネルが天国に召されてもう数年経つことに、はたと気づいた。

この陽だまりの部屋は天国なの? 妄想の世界なの? ここを離れ、現実に戻らなければならないのだろうか。果たして現実とはなんだったんだろう。次第に曖昧になり、自分がどこに居るのかわからなくなった。現実というものが基軸を失い、柔らかな粘土で形成されたようなものに感じられる。指一本で捻じ曲げられる、可塑性の高いただの物質。

今居るこの部屋が本物の真実であり、日々の現実の方こそがうたかたの夢であることに、深く気づいた。心の奥に静かな雷槌が走った。毎朝目覚めると、かりそめの世界へと出勤していくのだ。歪んだ眼鏡をかけながら。

 

深夜の壁掛け時計とブルーベリー

突然、母に起こされる。3時半だよ! 遠慮のない大声に目が醒める。幼い子供のような、思慮の痕跡が全く感じられない率直な声だった。母からそんな声が聞かれることは初めてのような気がした。
深夜の3時半。外界は静かな闇に覆われている。引き替えに部屋の中は、母の賑やか過ぎる振る舞いで、いつものLEDライトの光量が二割増しに感じられた。
冬の夜中に窓をガラガラと開け、縁側へと出て、なぜか母は爪を切り始めた。突然ケタケタと笑い出す。正気を失ってしまったとしか思えない。私は表情を失ったままで凍りつき、母の様子をただ見つめていることしかできなかった。

壁の時計を見る。本当に3時30分を指しているだろうか。これはきっと現実ではないだろう。
時計の針は確かに3時30分を示す角度にあった。しかし、1から3までの数字だけが忽然と消えていた。4から12までの数字を見つめているうち、緑色の縁取りのある見慣れた壁掛け時計は、ぐにゃりと形を歪めていき、すべての角度も意味を失っていった。

庭にはブルーベリーの木があった。人間の背丈ほどの高さで、大きな実がたくさん生っている。通常なら1センチほどの実が、数センチの大きさに感じられて、小さな違和感を覚えた。実は確かにプルーベリー色はしていたけれど、不自然なほど透明感があり、内部から微かに発光しているようだった。

闇に目をこらすと、木の天辺のあたりに、膨らませた風船くらいの大きすぎる実が一つある。その実は少しずつ膨らんでいき、内部の圧が刻一刻と増していくのが克明に見て取れた。
そして想像の通りに破裂した。音はなかった。内部から無数の小さな実が現れて、弾け飛ぶわけでもなく、瞬時に木全体に拡散した。本来あるべき位置を本能的に知っていたのかと思うほど、何事もなかったような済ました顔をして、私たちはずっとここで生っていましたよと言わんばかりに、彼らは葉陰にじっと身を潜めていた。

 

ファミレス神天戸店

不思議なテレビCMが流れていた。何の宣伝かわからないけれど、車の運転席から見える光景を、ひたすら淡々と映し続けているものだった。赤信号で減速し、止まる。横断歩道を渡っていく子供たち。発進すると緑の並木道に差し掛かる。右折する際、待てども待てども対向車が途切れない。運転者の視線の先を延々と映し続けるだけなのに、なぜだか目が離せない。

私はいつの間にかその車の助手席に乗っている。運転しているのは父だった。現実には父は運転免許を持っていないので有り得ないこと。無言のまま、フロントガラス越しに移り変わっていく光景を、自分とは何の係わりもないスクリーンの中の映像を見るように、突き放しながらぼんやり見つめていた。見知らぬ街を通り抜け、家に向かっているのだけれど、いつまでたっても家の近辺に辿り着かず、聞いたこともない地名のなかを走り続けていた。

信号で止まった時、とあるファミレスの目の前だった。店の名前が目に飛び込んでくる。「神天戸店」と書かれている。その地名を見た瞬間、間違った道に迷い込んでいるということを、なぜか悟った。父は自分の過ちを決して認めず、自ら引き返すことのできない人だ。いつもはうるさいくらいに饒舌な父が、黙りこくっているのがその確かな証拠。

次の瞬間、私はファミレスの店内で、明るい窓際の席に腰掛けていた。信号待ちをして数珠繋ぎになっている車たちが、分厚いガラスの向こうによく見える。テーブルの向こうには、一人の少女が俯いていた。高校生くらいのその少女は、かつての自分自身だということがすぐにわかった。私たちは空っぽのテーブルを挟んで、ずっと押し黙ったままだった。

少女は俯いたままで、時折思い出したように窓の外を眺めた。ふてくされた態度は誰かを非難し責め立てたいからではなく、ただ自分自身に腹を立て、その怒りをどう処理していいかわからないからだった。そのことは手に取るようにわかる。
注文したはずの料理はいつまで待っても届かず、私たちは相変わらず、塵一つも置かれていない艶々に磨かれたテーブルを見つめながら、沈黙を噛みしめている。


インナーチャイルドと向き合っていたんだろう。そこに言葉は要らなかったんだ。神天戸って文字を確かに見た気がしたのだけど、なんて読むのだろう?

 

アクセスの多い記事

何気なくブログのアクセス解析を見ると、1日だけ飛び抜けてアクセスの多い日がある。グラフの中に一本だけ突出した線。普段の100倍以上もアクセスがあるので、驚いて画面を二度見した。どの記事だろうと見てみると、アクセスの多かった理由がわかった。

その記事には、私が真剣に書いた内容をおちょくるような、ふざけたコメントが付いていた。コメントはカラフルな絵文字に溢れ、画面からこぼれ落ちそうに騒々しかった。そのコメントを面白がって、続けて似たようなコメントがいくつも付けられていた。殆どは記事の内容を小馬鹿にして嗤うためのものだった。

沢山のアクセスを集めたのは私の記事ではなく、ふざけたコメントの方だった。あまりのくだらなさに、もはや笑うしかなかった。世の中の人々の感覚がますますわからなくなり、世の中のくだらなさに、もはや笑うこともできなかった。


こういう疎外感が、いつもどこかにあるんだな。忘れた頃に顔を出す。

絡まり合う蔓

とある外国人の男性と出会う。お互いに、相手の国の言葉は片言しかわからない。通常なら身振り手振りでなんとか意思疎通しようと張り切ったり、なんらかの意図がそこに働くはずの状況で、不思議なほど思考は静かだった。私は何も働きかけず、ただ受容していた。

すると、ほんの片言の言葉から、発芽し、蔓が伸び、大空に緑の葉がみるみる繁っていくかのように、意味を超えた、形のない「念」のようなものが育っていき、それが相手の男性と繋がっていくのを確かに感じた。私たちの間に生じた蔓は絡まり合い、美しい曲線と曲線が手に手をとってワルツでも踊っているかに感じられた。
日常の手垢にまみれ、中身を失って骸と化した「言葉」が介在すれば、決してそのような芽は出ることがないとわかっていた。言葉が封印されたからこそ、この植物的な何かが介在してくれたのだということも。

双方の国の言葉がわかる人が通訳の役目を買って出てくれたけれど、その年配の紳士はすでに必要がなくなり、役目を終えていた。そしてそのことに満足しているように、目尻に皺を寄せ、柔らかく微笑んでいる。

外国人男性は、私の住む家のすぐそばの、小高い丘の上、木々が鬱蒼と生い茂る中に静かに佇む洋館に住んでいることがわかった。蔓から伝わってくるパルスでわかるのだ。その丘の入り口にある寂びれた公園で、幼い頃によくブランコに乗ったものだった。あの丘の上に瀟洒な洋館が建つことも、そこに彼が住んでいることも、こんなに近くにいるというのに全く知らなかったことに、ひどく驚いていた。

 

受胎告知

受胎告知をテーマにした絵画を解説するウェブページを作っている。見覚えのない真新しいモニターの前で、レイアウトを考え、どこに絵を配置するか、どう文章化するか、見出しの文句は何にするかなどを考えつつ、淡々と仕事をする。

そこに自分自身の想いは欠片も含まれていない。情報が私を素通りし、私はケーブルか何かとなってデータを受け渡しするだけの存在だった。そしてそのことは私にとってとても自然で、深く受容していた。何のために、誰のために、受胎告知の絵画を紹介しているのか、何の疑問も懐いていない。そのことが不思議なくらいだった。

一つの宗教的な重要テーマが、あらゆるバリエーションに分岐して、無数の形態に分裂していく。繰り返し、繰り返し、同じリフレインが戻されてくる。永遠にこの作業を続けても、きっと終わりはないのだと悟っていた。そのことに、何の感慨も持たなかった。

 

スキピオクッキー

料理番組で、女優さんとコンビ芸人が、テーマに沿った作品作りに挑戦する。今日のテーマは、世界史の登場人物をお菓子で表現するというもの。

お笑いコンビは、何やらギザギザした球体のクッキーを焼き上げ、両腕で抱えるようにオーブンから慎重に取り出した。女優さんが、糸のこぎりみたいなものでそれを真っ二つにカットする。その切り口には大きな星型が浮かび上がり、その星の中に小さな人間の形が入っている。
これは誰ですか? スキピオです。スキピオって誰でしたっけ? あの、あれですよ、古代ローマの、えらい戦争した人ですわ。芸人さんたちは関西訛りを控えめにしようと努力しているようだったけれど、成功していなかった。スキピオの偉大さを、この大きな星で表現してみました!

スキピオのクッキーは額縁のようなものに入れられ、清潔感のある白いテーブルに飾られた。額縁の下部に、アルファベット型に焼かれたクッキーを「S K I P I O」と並べ、完成。
直後、誰かが白いテーブルにドスンとぶつかり、アルファベットが崩れてテーブルに散乱するというオチまでついていた。


某芸人さんのYouTube大学で、世界史の回を見てすごく面白かったんだけども、中でもスキピオさんが印象に残ったみたい。こうして夢にまで出て来たので。

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