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Dépôt de Météorites

白い皿を食べる

真っ白で平たい皿が、欠けているのに気づく。装飾を削ぎ落としたシンプルな皿のエッジには、三センチほどの欠けた部分があり、傷口は刃先のように鋭利だった。皿に感情があるとすれば、たしかにそれは、憤りが限界を超えたために出来た噴火口のようだった。

同じ皿がもう一枚あって、それにはかつて何らかの料理が乗っていた痕跡があった。料理を私が食べたのか、誰が食べたのか、記憶にない。何らかのソースが付いたままのその皿を手にとって、パンケーキにかぶりつくように、がりりと噛みついた。確かな陶器の感触だったけれど、皿は簡単に噛みちぎることができた。じょりじょりじょりと音を立てて、私の左右の奥歯によって細かく砕かれた。まさに砂を噛むというような味わい。ごくりと飲み込んだ。細かくなった陶器の破片は、やすりのように喉と食道の内壁をこすりながら、緩やかに体の内部へと落ちていった。その熱いような冷たいような感触は、あまりにも生々しかった。目が醒めてからも、胃に皿の破片が入っているような変な異物感が、うっすらと残っていた。

 

謎の譜面

私がその譜面を食い入るように見ていたためか、先生は譜面を貸してくれた。それはギターのための譜面のようであり、ピアノの楽譜のようでもあり、そのどちらでもなかった。どうやって読み解いていいかわからない、謎の記号と濃密に絡まりあった私は、不思議な高揚感を得た。

パーティでも発表会でもないのに、何らかの目的で私たちはみな飾り立てていた。私は上半身が真白で、その下は緑と青のインクがにじみ合ったような、薄いシフォン生地のドレスを着ていた。体にタイトなデザインのそのドレスが恥ずかしく、黒の平凡なものに着替えたかった。でも私は楽譜を返さなければならなくて、洋菓子の並んだテーブルの前で待たなければならなかった。マドレーヌのようでマドレーヌでない、クグロフのようでクグロフでない、そんなような洋菓子が三種類。美しく整列した彼らも、誰かを待っているようだった。

ひとりのミュージシャンがやってきた。彼が例の楽譜の持ち主だと一目でわかる。私は、楽譜や楽器のケースや衣装や、様々なものをひとまとめにして彼に返した。彼はいたずらっ子のような眼と、少し意地の悪い高利貸しのような唇をしていた。
彼の音楽に心酔していたことを思い出す。彼は私を気に入ってくれて、様々な音楽の秘密をひそかに耳打ちしてくれた。彼の才能をあれほど尊敬していたと言うのに、暫くの間その事をすっかり忘れていた自分に気づく。すっぽりと抜け落ちたひととき、自分自身が自分のものでなかったような、一度途絶えた川がどこかからまた飄然と流れ始めていたような、奇妙な感覚。

擦れ違い

彼が前方から歩いてきて、私は顔を上げられない。前髪が乱れているだろうことが気になっていた。彼は、私のすぐ前で立ち止まった。私は自分の机が邪魔しているのだと思って、いや、思ったふりをして、机を少し脇へとずらし、通路を広げてあげる。彼はなにか言いたげに一瞬留まったけれど、黙ったまま後ろへと歩き去っていった。彼は真っ赤なボトムスを穿いていた。顔を上げられないので、見えたのはそれだけだった。
隣にいた友人Hが言う。これまでもこの鈍感さで何人も撃沈させてきたね。私はぎこちなく笑うことしかできない。

私たちは客船に乗っていて、自分たちの部屋に戻る。乗船券を確認しに、セーラーカラーの制服を着たドナルドダックみたいなスタッフが来る。私は、壁の窪みにはめられていた小さな置き時計を手にとって、彼に渡す。スイッチはどこですか?と言うので、私が電源を入れた。スタッフは猛然と、人間離れした手さばきで置き時計の表面をスマホのように操作して、一瞬のうちに乗船券を確認し終えた。そのあまりの素速さに思わず、速っ!と口走ってしまった。いつもなら、そんなことをうっかり口に出したりしない。赤い服の彼と擦れ違っただけなのに、気持ちの高揚を抑えられない。機械仕掛けのマリオネットにでもなったようで。
ドナルドは、にやっと意味ありげに笑って時計を返し、煙のように消え去った。

アルターエゴ

巨きな帆立貝のような二枚貝があり、私はその頑なに閉ざされた口をこじ開けようとした。ボッティチェッリの絵画でヴィーナスが乗っているみたいな貝。その中には、裸の男性が、胎児のように丸くなって入っている。何故だかそのことをあらかじめ知っていた。意固地な殻と格闘し、ようやく貝はふたつにぱっくりと割れた。すると、中はもぬけの殻だった。


世界は蒼い闇に閉ざされていた。湖の底に沈んだ4時30分。朝方なのか夕方なのかわからない。
浴室の前の脱衣所に佇んでいる。浸水し、くるぶしの高さくらいまで水に浸かっていた。廊下や玄関には全く水は溜まっておらず、浴室と洗面所だけ。水は冷たくも温くもない。母がやってきて、原因を探す。(母は実在する母ではなく、全く別の人だった)もうひとり、知らない外国人女性もやってきて、外へ排水するためのパイプが壁を貫通して存在するはずが、それがまるごと無くなっていると言う。見ると、言うとおりパイプがなく、パイプの通っていた穴も消滅していた。貝の中の男が忽然と消えてしまったことと、関わりがあると直感した。


急激な睡魔に負け、私はベッドに倒れ込んだ。どれほど眠ったかわからない。覚醒めると、世界はまだ蒼かった。時計はまた4時30分を指している。早朝なのか夕暮なのかわからない。その狭間で、世界には青い色以外存在できない。
上体を起こすと、となりにブルーグレーの猫がいた。かつての飼い猫のロシアンブルーかと思う。でもそれはよくできたぬいぐるみだった。ベッドから降りようとするとき、ぬいぐるみを倒してしまった。うつ伏せになった猫は、「スミマセンデシター」と鳴いた。オウムのように人間の言葉を覚えてしまったのかしら。あの子は、猫とは思えないほど素晴らしく賢い子だったから、言葉くらい覚えても驚かない。でも発音するのは凄いことだと思った。私は猫がスミマセンデシターと鳴いたことを、人に話した。誰ひとり、それを信じてはくれなかった。

 

純白の島をリポートする

かつてのスペイン風邪という名称のように、今回の〇〇風邪の名称のもととなった〇〇島はどの位置にあるでしょうか。三択でお答えください。緯度30度、緯度55度、緯度65度。
正解は緯度65度。その島は南アメリカ大陸の南端に、おまけのようにくっつく形で存在します。地図が大写しになった。南の末端に、大陸がついた小さな溜め息のような、幾つかの島がある。その中のいちばん大きな島だ。


世界ふしぎ発見!みたいなテレビ番組を見ていた。そんな島があるのか。リポーターが乗り込んでいく、極寒の島。氷の粒子が空中で陽光を乱反射し、世界は純白のヴェールをかけたように美しく滲んでいた。街には、金髪を三つ編みにした幼い少女たちがたくさん歩いていて、学校へと行くところ。学校までついていき、東洋人風の十五歳くらいの女の子にインタビューしようとする。映像が止まる。そこで問題です。この島の公用語は何でしょう?……正解は日本語。なんと日本語が公用語なのです。えー、さっきの金髪の子たちも日本語喋るの? 回答者たちがざわめいた。
津田梅子の写真によく似た、着物姿の女性の旧い写真が映し出された。この方が島の教育の礎を築いた〇〇さんです。(島の名前も人の名前も夢の中でははっきりしていたのに、思い出せない)


島の食事風景。ちらし寿司のような、ご飯の上に色とりどりの食材が美しく飾られた一皿をメインに、ふんだんな野菜の副菜が並ぶ。伝統的な和食と、西洋的マクロビオティックのようなものとが融合した食卓。私たちは決して和の伝統を忘れることはありません。そのうえで、時代に即した新しいものを取り入れることにも積極的なのです。先程の黒髪の女の子が賢そうな瞳で語った。テーブルに並んだ料理には、率直で淀みのない魂が見え隠れする。
いつのまにかリポーターは私になっている。私は試食を勧められ、ありがたく頂いた。驚くほど薄味で、油っぽさが皆無で、それなのに滋味深く、コクと表現されるものとはまた違う深い旨みがあった。それはまさに私が求めていたような味だった。なんとも表現できず、泣き出してしまいそうな味だった。