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迷い犬

家の庭に犬が迷い込んできた。
淡い茶色の中型犬で、痩せていて、毛は短い。
眉間のあたりに円形脱毛症のように毛が抜けている箇所があり、それが妙に目立っている。
私は犬に声をかけ近づいた。犬は怯える様子はなくじっと動かない。


犬は首にプラカードのようなものをかけている。
近づいてよく見ると、得体の知れない広告のような紙がパッチワークのように何種類も貼り付けてある。
広告の内容を読み取ろうとするのだけれど、日本語で書かれているのになぜか意味が判読できない。
なぜ判読できないのだろう不思議に思った。原因は広告の方なのか、私の認知機能の方なのか?
どこかに犬の身元がわかるようなものが書かれていないか探してみる。
プラカードは何枚も重なっていて、一番下のプラカードの裏側に小さな張り紙があった。
若い女性5人だけの動物病院。広告はまるでキャバクラか何かのそれのようだ。
着飾った派手な出で立ちの女性のイラストがいくつも書かれていて、
その陰に小さく申し訳程度に住所と携帯電話番号が書かれていた。いかにも若い女性の、媚びるような筆跡。
プラカード裏のその張り紙は端がめくれていて、犬の首下のあたりに角が突き刺さるようになっていた。
ただの紙なのになぜかとても硬質で尖っている。
犬はそれが痛くてたまらないようだったので、私はその小さな広告をはがし、プラカードの一番表に貼りつけた。
犬はほっと胸をなでおろしたような表情で私を見ていた。


家の中からネルが吠える声がして、気付くといつの間にか庭に出てきていた。
ネルは知らない犬をひどく警戒して激しく吠えかかる。
実際のネルはページュ色の毛色だったけれど、夢の中では真っ白なポメラニアンだった。
私は慌てて暴れるネルを抱え上げ、家の中に放ってドアを閉めた。


庭に戻ると、動物病院の広告から抜け出てきたような若い女性が立っていた。
彼女は待ち構えていたように話しかけてきた。
この犬は売れ残って大きくなってしまったので私たちが保護している。
突然姿を消したので探し回っていたとのこと。
私は犬が首元の広告紙を痛がっていたので剥がした旨を話す。
女性は丁寧に感謝の意を述べた。対応は非の打ち所がなく、そのことが逆に違和感を抱かせた。
今までは病院でこの犬を飼っていたけれど、これからは私個人で飼うことにしようと思う。そう彼女は話した。


仲間のスタッフらしい男性が数人集まってきた。彼らは皆同じ青い作業着のような服を着ていた。
彼らは犬が見つかったことを率直に喜んでいる様子。すぐに犬を抱えて連れて行こうとする。
犬と目が合った。短い交流ではあったけれど、私は犬の真心に触れたように感じていた。
別れがとても名残惜しかった。


作業着の男たちは言葉と裏腹に、どこか犬への対応が荒っぽい気がした。
このまま犬を渡してしまっていいのだろうか? 心の片隅に疑念が生じ、それが次第に大きくなっていった。
いつの間にかまたネルが庭に出てきて、彼らに吠えかかる。
ネルをなだめて抱きかかえているうちに、彼らは犬を連れて行ってしまう。
罪悪感のような後悔のような、名付けられない黒ずんだ感情が胸の中に広がった。