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スキー場で消えたバスルーム

スキー場らしき雪山に来ている。麓のペンションに戻るともう日暮れだった。夕陽が山際を蕩かして、紫色に滲んでいく。影が伸びて、やがて輪郭を失っていく。
ペンションには団体客がいて混み合っていた。私もその一員のようだ。ここで着替えたり食事をしたりするけれど、宿泊するのは別の場所で、夜が更ける前にそこへ移動しないといけない。


ペンション入口のガラスの自動ドアが開くと、スキー場に特有の、ストーブの焼ける匂いと冷えた湿気の入り混じった独特の空気が香った。後ろから誰かに睨まれているのを感じた。振り向くと、吉田羊に似た先輩がいて、なぜか私は彼女にひどく嫌われているようだ。
「先輩に対して楯突くような態度をとるのは、嫉妬でいっぱいだからだって、ひふみんが言ってたわよ」先輩は言った。ひふみんというのが誰か知ってはいたけれど、私達と何の関係があるのか全くわからなかった。八方美人で誰にでも安易な励ましの声を掛ける人なのか?と思ったけれど、よく知らない人なので勝手な先入観を持ちたくなかった。先輩はその後もひふみんひふみんと連呼して、その人の発言を引き合いに出す形で私を非難し続けた。
「後輩に対して嫌がらせを続けるのも、その人が嫉妬でいっぱいだからなんですね」私がそう返すと、ひふみん信者の先輩は一瞬鼻白んだようだった。


宿泊所へ帰らなければいけないのに、もう外はすっかり暗くなっていた。いつもならリムジンバスか、数人が連れ立って乗り合いタクシーのように一つの車に乗って帰るのだけれど、バスはもう終わっていて、車に乗せてくれそうな人も見つからない。人はたくさんいるのに知らない人ばかりだった。仕方ないので歩いていこうと外へ出てみたけれど、照明もない夜の雪道はとても恐ろしい。漆黒の木々が巨人のように立ち塞がり、『モチモチの木』という絵本のようだった。いつも送迎されていたため道筋もよくわからなくて、すぐに諦める。


ペンションの中で知り合いを探していると、浴室にたどり着く。古びた一般家庭のタイル張りの浴室。その奥に、隠し部屋の入り口のようなドアがあり、入ってみると、圧倒的に広く美しい最新式の浴室が現れた。ジャグジーなどがついている浴槽も、表の浴室の数倍はありそうな広さだった。裏にこんな浴室があったなんて。いつの間にリフォームしたのだろう。だが表の古びた浴室は大勢が使っているのに、この新しい方は誰もその存在さえ知らないのか、いつも誰ひとり使っている人がいなかった。


私はなぜか自宅の寝室に駆け込み、母に訴えた。あんな大きなお風呂を無駄にしていて、勿体ないじゃない。誰も使わないのに大量のお湯を沸かしていて、水道代も光熱費も大変なことになってるよ。母は寝起きでぼんやりしているのか、取り合いたくないのかわからなかったが、まともな返事を返さない。隣に寝ていた父がなにか母に話しかけ、母は渋々起き上がって部屋を出ていった。私は父に腹が立った。


浴室に戻ってみると、奥の新しい浴室が様変わりしていた。そこは畳の部屋で、畳の上には正方形のビニールシートのようなものがタイル状に敷き詰められており、シートの半分ほどは剥がされて下の畳が見えていた。立派な浴槽は、まるで空気でふくらませるベッドを小さく畳んで収納するように、コンパクトに折り畳まれていた。
がらんとした部屋。魔法が解けたように古めかしい民家の一室へと戻っている。白い壁には茶色いしみがあった。随分前に使った、茶色い色をした薔薇の香りの強すぎるシャンプーを思い出す。あれをこぼしたのかな。薔薇の香りのしみは完全にこびり着いていて、二度と取れそうになかった。