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ハーモニカを教える箱入り娘

単発のアルバイトのために、M小学校の近くの、ある医院に併設された老人ホームに向かっている。家の近くだし道はよく知っているはずなのに、なぜだかなかなかたどり着かずに苦労した。角を曲がって看板を見つけると、約束の時間ギリギリだった。老人ホームで文化祭が開催されるので、その日だけ補助的な仕事をする予定だった。


対応に出たのは、ジャニーズ系少年の20年後といった印象の、童顔の男性だった。顔中に赤い吹き出物がたくさん出ている。仕事の精神的ストレスなのか、時間の不規則な仕事内容で体が悲鳴を上げているのか。
文化祭でハーモニカを吹くので、担当するご老人にハーモニカを教えてほしいと言われ、誰が使ったのかわからないハーモニカを手渡された。教えるためにはこれを吹いて見せないといけないのだろうか? ちょっと生理的に嫌だな、と思ったが顔には出さなかった。このバイトを入れたことを既に後悔し始める。


通りすがりの女性の職員が、私の顔を見て話しかけてきた。「ふたつきもすれば平気になるわよ。あなた『ふた付き』だから」……何のジョークか、一瞬よくわからなかった。「それを言うなら、私は『箱入り』ですから!」と、思いつきのままに私は答えた。一瞬の沈黙の後、辺りは大爆笑。しばらく拍手が鳴り止まなかった。こそばゆくて逃げだしたかった。


私の担当するご老人は、かつてラグビーの選手でもしていたのかと思うほどがっしりした体の男性で、頭髪もまだ半分くらいは黒かった。しかし認知症がひどいらしい。こんなガタイの人に抵抗されたら困ったことになるなと心配になった。彼はずっと車椅子に座ったままうなだれていて、顔がよく見えない。ハーモニカを見せて、これを吹きましょうねと話しかけたが、完全に無視される。


ご老人は、他の入居者が持っているお弁当に関心を注いでいる模様。その入居者の家族が来ていて、手弁当を持参していた。可愛い弁当箱に、お箸のケースが添えられていた。そのケースには、家紋のような模様の入ったボタンが付いている。一見するとノック式のボールペンのような形。ノックする場所についた家紋は、家族の愛と絆の象徴のように思われており、それが社会共通の認識として浸透している。
ご老人はその入居者に突然近づき、弁当を奪い取った。彼の腕力にかなう者はいないように見えた。私を含め、周りにいる人もオロオロするばかりで何もできなかった。ご老人は箸のケースを手に取ると、時限爆弾のスイッチを入れるかの如く、家紋をノックした。


その瞬間、ドラマは終了した。次回へ続く。私は自宅でテレビを見ている自分に気づいた。