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卑屈になる覚悟をする

熊を飼うことにした。
誘惑に抵抗することが出来なくて、とうとう熊を家へ連れてきた。黒い大きな体を揺らして、熊は私の与えたごはんを美味しそうに食べた。熊はとても大きいので、居間に彼がいると家が狭くなったような錯覚に陥った。


猫のシルくんは、熊を見てギョッとした顔をして、へっぴり腰で逃げ出した。部屋の高い位置に上ったきり、降りてこなくなった。
熊は非常におとなしく、聞き分けも良く、まるでぬいぐるみの中に人が入っているかのようだった。けれど彼は自分の目線から上のものは全く視界に入らない様子で、高い位置に猫がいることに全く気づかない。そのために何の気なしにシルくんの間近にまで寄っていくのだった。シルくんは怯えて固まってしまった。
くまさんはちっとも怖くないよ、ほらこんなにいい子なんだよ。私は必死に諭したが、シルくんはパニックになり私の言葉が耳に入らないようだった。


私は、熊と猫は同居が難しいことに思い至らなかった、自分の浅慮を悔いた。シルくんは降りてこられなくなり、ご飯も食べられないしトイレにも行けない。私は頭を抱えた。
仕方なく、母に助けを求めた。このままじゃシルくんが死んじゃうよ! 涙を流して母に訴えたものの、馬耳東風。お腹が空いたらそのうち降りてくるでしょ、猫はひとりでいるのが好きなのよ。私は跪いて母の脚にすがったが、それは無意味なことだった。


そして、私は虎を飼うことにした。
虎は熊のようにおとなしくはなかった。彼は大勢のチンピラを従える親分のように振る舞った。言葉遣いも荒く、態度も大きかった。飯はまだか。早くよこせこの野郎。
虎は金属でできた武器のようなものを持っていた。一見農機具のようでもあり、今までに見たどんな武器とも異なるものだったのでなんとも形容し難い。1メートルほどの長さの、銀色に光る武器をちらつかせ、虎は威嚇を繰り返した。


熊は、虎を見るやいなや、巨体に似つかわしくない敏速な動きで逃げ出した。そして帰っては来なかった。
シルくんはどこに行ったのだろう。カーテンレールの上で小さくなっていたはずが見当たらない。普段お客さんが来た時のようにどこかへ身を隠したのだろうとは思うけれど、居場所を確認できないので心配になる。


虎がシルくんに危害を加えないように、私は甘い声を出して媚を売り、虎を懐柔しようとした。あなたがどんなに素晴らしいか知っているわ。どんなにかっこよくどんなに賢いことか。この世界に右に出るものは居ないわね。虎は鼻の穴を膨らませて得意満面だ。あなたは誰よりも強いのだから、小さな猫なんか相手にするはずはないわね。猫なんかを痛めつけても何の自慢にもならない。そうでしょう? 虎は何も言わないが、悪い気はしないようで、ゴロゴロと喉を鳴らしているようにも思えた。むしろ猫なんかを相手にしたことが知れ渡れば、看板に傷がつくに違いないわ。私はそう畳み掛けた。


この調子だ。愛しいシルくんのためならどんなに卑屈にもなろう。家族のために理不尽な取引先に頭を下げるお父さんのように、若しくは主君にかしずくふりをして掌で転がそうとする腹心のように、私は虎をおだてることに命を懸ける覚悟だった。