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交換日記

黒い表紙の分厚いノートが送られてきた。ベルベットのような手触りの黒の表紙に、黒のゴムがかけられた、B5サイズ程の立派なノートだった。それは、Y君と私の間でやり取りされている交換日記のようなものだった。
ノートはすでに厚みの半分ほどまで、ぎっしりと文字で埋められていた。パラパラとめくってみる。踊りだしそうな躍動感のある文字だったり、神経質な細かい文字だったり、酔っ払って書いたような罫線をはみ出した文字だったり、いろいろな筆跡がそこにあった。しかしそれは全てがY君の書いた文字で、私の書いた文字はどこにも見当たらなかった。


なにか返答を書いて送り返さないといけない。けれど私には書きたいことがなにもなかった。Y君と共有できそうな体験がひとつも思い当たらない。
送り返さないで、このまま連絡を絶ってしまおうか。そうすれば楽かもしれないけれど、どこかで罪悪感が小さく叫んでいる。私は悪者として誰かの記憶に残りたくなかった。それでもY君の気持ちは私にとってとても負担に感じられるもので、無駄な期待をさせるほうが罪な気もした。いずれにせよ、自分の狡さに直面させられる。


私は黒いベルベットのノートをボストンバッグにしまった。太くて厳ついファスナーは思いのほか大きな音を立てて唸り、バッグの口を几帳面に閉ざした。
私の地味で古臭いボストンバッグの隣に、友人Sのバッグが並んで置かれていたはずなのに、いつの間にかなくなっている。Sのバッグは黒を基調としてところどころに鮮やかなフューシャピンクのラインが入っている、スポーティなスニーカーを思わせるデザインだった。
あのバッグはどうしたの? 私が尋ねると、宿泊料の代わりに物納するようなシステムがあって、既にあのバッグはその支払いのために手放したのだと言う。そうすれば、次々に新しいバッグに乗り換えることができるのだそうだ。
そんなシステムがあるのか。何も知らなかった世間知らずな自分が恥ずかしくなった。けれど私には、そんなふうに鞄を乗り換えて生きることはとてもできそうにない気がした。