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まぼろしの残り香

薔薇の香る季節が、いちばん好き。萌える新緑がその息吹を香らせ、目に見えない微細なエネルギーの粒子が辺り一面に舞っている。胸いっぱいに吸い込めば、細胞の内側から芳しい葉緑素と薔薇色のエキスに染められてゆくよう。


薔薇の香料は現代のモダン・ローズではなく、古くからある原種のオールド・ローズと呼ばれる薔薇から抽出するそう。確かに、普通の薔薇とは全然香りの種類も強さも違う。香りの強すぎるものは敬遠されるようで、流通する薔薇はあまり香らないものが多いらしい。
なぜだか昔から香りが大好きで、特に薔薇の香りに魅了されるのだけれど、薔薇の香水は、本物の花の香りとはやはり違う。かつてはいろいろな香水を試して理想とする香りを探したりもした。でも、当然のことながら、開花時の花の放つ芳香とは、本質的に違うということを思い知らされるだけだった。どこまで似せようとしても、そっくりさんにしかならない。成分を分析して、ほぼ同じという状態に近づけることができたとしても、それは魂の宿らないマネキンのようなものでしかないだろうと思う。


香水には合成の香料が使われるからだと考え、それなら…と、天然のエッセンシャルオイルにはまった時期もあった。天然の香りにはダイナミズムがあり、植物の持つホルモンのようなものを感じさせ、ちから強い。けれどやっぱり、ほんとうの、咲いている花の香りとは別物。 植物のエキスとそれ以外の不純物とを、区別し分離しているわけではなく、環境の汚染があればその影響を受けてしまうし、抽出する際の溶剤の影響もないとは言えないと思う。天然であれば安心であるとは言い難いのも事実。オーガニックのものを選ぶようにしていたけれど、いつしか熱は冷め、自然と距離を置くようになってしまった。

どこにも存在し得ないものを求める、愚かなことなのかな。不純物を取り除き精製した、ほんとうにけがれのない原料だけで、完璧な調香を施した香水があったなら……。


家の庭に、香料に使われるオールドローズの苗を取り寄せて、植えた。十数年経って、随分大きな株になっている。肥料もやらないし、消毒も何も必要ないのでしない。それでも、素朴な淡いピンクの花がこぼれるように咲く。他にも銀木犀の矮性種と、沈丁花がある。みな香りが良く、それが目的。
花が咲くのはほんの一、二週間。香りもその期間限定の贅沢。その贅沢を、同じ香りの香水を作っていつでもどこでも手に入れようとするのは、神や、自然への、ある種の冒涜と言えるのかもしれない、なんて思ったりもする。
自然にまさる調香は存在しないという結論に達して、香水というものとはほとんど無縁の日々を送るようになった。


良質のエッセンシャルオイルを、また少し使ってみようかな。でも最小限にとどめて。香りに鼻が慣れてしまうと、嗅覚そのものが鈍くなる。調香師は普段の生活で、香水の類はもちろん、石鹸や洗剤類に至るまで徹底的に香りのついたものは避けると聞いたことがある。女性の調香師が少ないのも、毎月のホルモンの変動によって嗅覚が揺らぐからだとか。確かにそれは自分でも感じる。
微細な風の薫りを、感じ取れる人間でいたいと願う。