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擦れ違い

彼が前方から歩いてきて、私は顔を上げられない。前髪が乱れているだろうことが気になっていた。彼は、私のすぐ前で立ち止まった。私は自分の机が邪魔しているのだと思って、いや、思ったふりをして、机を少し脇へとずらし、通路を広げてあげる。彼はなにか言いたげに一瞬留まったけれど、黙ったまま後ろへと歩き去っていった。彼は真っ赤なボトムスを穿いていた。顔を上げられないので、見えたのはそれだけだった。
隣にいた友人Hが言う。これまでもこの鈍感さで何人も撃沈させてきたね。私はぎこちなく笑うことしかできない。

私たちは客船に乗っていて、自分たちの部屋に戻る。乗船券を確認しに、セーラーカラーの制服を着たドナルドダックみたいなスタッフが来る。私は、壁の窪みにはめられていた小さな置き時計を手にとって、彼に渡す。スイッチはどこですか?と言うので、私が電源を入れた。スタッフは猛然と、人間離れした手さばきで置き時計の表面をスマホのように操作して、一瞬のうちに乗船券を確認し終えた。そのあまりの素速さに思わず、速っ!と口走ってしまった。いつもなら、そんなことをうっかり口に出したりしない。赤い服の彼と擦れ違っただけなのに、気持ちの高揚を抑えられない。機械仕掛けのマリオネットにでもなったようで。
ドナルドは、にやっと意味ありげに笑って時計を返し、煙のように消え去った。