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隕石の堆積場

才能を持たないという選択

客観って言葉が大嫌い
「客観」を超えた上でもっと広い視野に立ち
「主観」的に自分の価値を信じられることが必要

中身がないのに自分はすごいと思っている人と
自分を信じて実際にすごい存在となった人とどこが違うのかって
単に才能があったかどうか 持っていたかいなかったかじゃないの?

自分をけなして否定しているよりは 勘違いして自惚れている方がまし
自分が幸せであるかどうかが 何より大事なこと

自分を幸せにする義務は 自分にある
他の誰も 私を幸せにしてはくれない

客観的であろうとすれば 人からの評価に振り回される
社会や他人が認めてくれれば幸せになれるという幻想に染まる
「客観」とは「他人の目」のこと
人にどう見られるかが第一だと宣言する言葉
価値基準を他人に売り渡しますという宣言
本質的に自立せず人に依存して生きますという宣言

世界中に絶賛されても 誰一人認めてくれなくても
自分が自分の価値を信じられるという点では全く同じ
そう考えたら
能力があるかどうかは大して大事なことじゃなかった気がしてくる

そのことを深く知るために 敢えて
才能を持たずに生まれてくるのかもしれない