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万国旗のような洗濯物

真っ暗な闇の中に立ち尽くしている。重く、粘り気のある闇だった。自宅の前の道路にいるようだ。ようやく闇の中にぼんやりと見慣れた壁と窓、屋根を見上げることができた。
私はこの世界に存在することを心底嫌がっている。もう嫌だ、どこか別の世界へ旅立ちたいと、抑えても湧き上がる思いを牛のように、長いこと奥歯で反芻していた。

庭のなかを、父が歩き回るのが、闇の中に薄っすらと浮かび上がって見える。用もないのに、一日に何歩歩くと自分で決めたノルマを消化するためだけに、ぶつぶつと数を数えながら歩き回る。(現実にしていることと全く同じだった)
父とはまるっきり違う次元に存在していて、手を伸ばしてもすり抜けてしまい、触れ合うことは決してないのだと直感的に知る。

ふと、空っぽのガレージの、屋根を支えている支柱にぶつかりそうになる。真っ黒な闇の中に聳え立つ、闇よりもっと真っ黒な支柱が、突然私に殴りかかってくるように感じた。それは支柱が動いているのではなく、私のほうが空中を浮遊しているのだと気づくのに時間がかかった。ホパリングする、無色透明の雲のようなものに乗っているようで、雲が不規則に左右に揺さぶられるたびに、黒い支柱が目の前を行ったり来たりする。

意を決して、瞳を閉じる。雲が私をどこかへ運んでいく。その上に寝そべった形で、瞼の裏の闇を見つめた。雲は激しく上下したり、スピードを出したり緩めたり、気儘に動き続けた。途中で闇を抜け、なんとも言葉に出来ないような光、多様な色彩と密度の中を進んでいった。瞼の裏にその光を感じていたけれど、怖くて目を開けられない。

どこかへ着地した。懐かしいようなくすぐったいような感覚をもたらす柔らかな陽射しが、瞼の血管を透かして、ピンク色に輝いた。目を開けると、そこはやはり、自宅の庭だった。芝生状の緑の上に寝転がっている。燦く陽光に、世界は今にも歌いだしそうだ。
万国旗のように賑やかに、色とりどりの洗濯物が干されている。何十着、何百着とも思えるほどの大量の洗濯物が、優しい風に揺れている。中に、見覚えのある黄色いタオルがあった。クマのアップリケが付いている。見回すと、色違いの白いタオルもあった。そんなタオルは記憶に無いのに、なぜ見覚えがあるのだろう? 不思議に切なく、息苦しく、心が締め付けられるような郷愁を感じる。私は起き上がり、洗濯物を掻き分けて、母を探した。

母は、縁側に座って洗濯物を畳んでいた。図体ばかり大きくなった私を受け容れてくれないのではないかと、少し心配だった。私は涙声で母を呼び、母はその様子に少し驚いたようだったけれど、すぐに平素の物腰に戻った。私は大人の身体のままで、心は子供に還っていた。大人の身体がとても煩わしく感じた。日なたに干した洗濯物の温かな匂いが漂っていた。