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猫音

ご近所の猫タローちゃんが、いつもの散歩コースである我が家の庭を通りかかる。それに気づいた私は、喜んでいそいそと窓辺に近づく。
猫と目が合った。しばらくじっとこちらを見つめたあと、猫は、にゃおおーん、と長く引き摺るような鳴き方をした。どこか不気味な余韻のある、不可解な鳴き方だった。

私もそれに応答するように、にゃおおーん、と鳴き真似をした。猫はゆっくりとまばたきをし、次の瞬間、開ーけーろーよー、と鳴いた。
便宜上日本語で表記するしかないのだけれど、猫の発した音声は、猫の鳴き声ではなく、明らかに意味を持つ言語だった。
もちろん日本語ではないし、どんな外国語でもない。人間のための言語ではなく、動物同士の意思疎通のための音でもなく、第三の存在のための意味を内包し伝達される音、と言うしかないようなものだった。
宇宙の果てにある言語、異次元から降ろされた言語。そんな響き。

この猫は以前、気づかぬうちに家に忍び込み、二階でばったり鉢合わせとなって腰を抜かしそうになるほど驚いたことがあった。きっとまた入り込んで探索をし、悪戯でもする気だったのだろうと思った。
駄目だよ入っちゃ。私は猫に話しかける。猫は、入ーれーろーよー、と再び異次元の言語で喋った。その音声を理解する機能が、いつの間にか私の脳にダウンロードされていたらしい。なぜその「猫音」が理解できるのか、とても不思議で仕方ない。掃出し窓からするりと身を捩じ込もうとする猫を両手で押さえて、駄ー目ーだーよー、と話しかける。

その様子を隣家の窓から覗いて見ている高齢女性。驚愕の表情で、口をあんぐりと開いたまま、みるみる顔が青白く染まっていく。妖怪か何かを見るような、排斥と拒絶のまなざしで見つめられる。
隣のおばさんは、猫が発する言語にではなく、私の発する言語に驚いたのだということに気づく。私は、猫音を自在に操っていたらしい。

困ったことになったと思う。おかしな噂はあっという間に広がるだろう。それでも、どこか他人事のようで、そんな些細なことはどうでもいいやとぼんやり考えている。


本当にタローちゃんが家に侵入し、いるはずのない場所に猫がいて、遭遇して思わずシルくん!と今は亡き飼い猫の名を叫んでしまったという珍事件があった。