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過去へと向かう列車

『ペパーミント・キャンディ』 1999年のイ・チャンドン監督作品を観た。

人生に失敗した男が、思い出の場所へ帰ってくる。同窓会に現れた彼は、妙なハイテンションで騒ぎまくり、旧友たちに呆れられる。気がつけば彼はひとり陸橋に登り、線路の上で列車の到来を待っていた──。
強烈な自死のシーンから物語は始まり、彼の人生の時を数年ずつ遡る形で、物語は過去へ向かって進んでいく。彼がなぜこのような最期を選ぶことになったのかが、少しずつ紐解かれていく。

初恋の人が探していると聞かされ、彼は病院に駆けつける。昨夜まで話ができたという彼女は、すでに意識を失って昏睡状態だった。彼女の夫は初恋の人にひと目会いたいという妻の願いをかなえるため、屈辱的ともいえる役回りに耐えて初恋の男を探し出し、妻に引き合わせるほど善良な人。
彼がなぜ初恋の彼女と別れることになったのか、なぜ警察官になり、残酷な取り調べを平気で行うような、感情の鈍麻した人間に成り下がっていったのか。時を遡るごとに手持ちのカードが増えていく。最終的に、彼女との出会いのシーンまで遡り、そこですべてのカードが揃う仕掛けとなっている。

主演のソル・ギョングの圧倒的な演技力にひれ伏した。時間軸を逆走して、若返っていく主人公を見事に時系列で演じ分けていて、若い頃のナイーヴだった主人公が軍隊に適応できない様子など、本当に自然でリアルだったし、実際に若い青年に見えてしまうのが凄い。ちょっとした表情、仕草、所作などが完全に若者のそれで、不自然さがまったくなかった。発砲してしまい、状況を受け入れられず幼子のように泣き喚くシーンは、息を呑んだ。

汚れてしまった自分は、清らかなあの人にふさわしくない。彼女を突き放すための、魂と反対方向を向いた物理的な力が、彼の人生すべてに作用し続けたように思える。自分を汚し続ける方向付けがなされてしまって以来、それを変えることなど決してできなくなった。彼女への想いや憧れが何より美しく、純粋だったからこそ、それを拒むためのエネルギーも同じだけ強力でなければならず、人生を支配してしまった──。

彼が命を絶った陸橋は、彼女との美しい思い出の場所だった。
彼女との出会いまで遡った後、最終的にどうやってこの物語にケリを付けるのだろう…と思いながら観ていた。その締め括り方はとても粋で、これは一本取られたなという感じ。
未来の記憶。時間はメビウスの輪。最後のシーンの表情と涙が素晴らしかった。ひどく悲しいのにそれ以上に美しい余韻が、胸に響き続ける。