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Dépôt de Météorites

因果律

まだ薄暗い早朝、校舎の階段を上っていた。煤けたコンクリートの灰色だけに支配された、廃墟のような空間。階段の途中には、新聞紙が散乱して行く手を阻んでいる。折り畳まれた大量の古新聞に混じり、スナック菓子やウエットティッシュの袋も散乱していた。それらは、なぜか全て未開封の新品だった。

そばに、石田純一風の、年季の入ったプレイボーイが佇んでいる。イタリア製のシャツとジャケット、首元にカラフルなスカーフを巻き、この殺風景な場所にどうにもそぐわない出で立ち。彼が振り向いたので、仕方なく声を掛ける。この散らかった新聞紙は一体何ですかね? 彼は、視線を泳がせて言う。僕も知りません、ただ通りかかっただけなので。

古新聞の回収の日で、私も、古新聞を詰めた回収袋を手にしていた。とにかく自分には関係ないことだから、早く仕事を済ませてしまおうと、散らかって足の踏み場もない所からなんとか足の踏み場を探し出し、階段を上っていった。空気は凍りつき、吐く息が白銀色に煙っては消えていく、その音楽的な律動を見つめる。

踊り場の隅に、若い女性がへたりこんでいる。青ざめた顔、空ろな目をして、酒に酔っているか、薬物で酩酊状態のように見えた。あのプレイボーイと何らかの関係があるのは明らかだった。女性に表情はなく、無機質なマネキンに、黒鉄色の隕石を二つ嵌め込んだかのように見えた。

この女性がしでかしたことなら、これを片付けるのは無理だろうな。無視したまま立ち去ることもできたのに、私は徐ろに、散らかった新聞紙を片付け始めた。古新聞を束ね、菓子袋もまとめて大きな袋に詰める。片付け終わると、それらは初めから存在しなかったかのように忽然と姿を消した。あとに、ペットボトルのキャップや、瓶の飲料の金属製のキャップなどが幾つか、無造作に散らばっていた。それらも透明のビニール袋にまとめて、座り込んでいる女性に渡す。放心したままの彼女は、反射的にそれを受け取る。

金属製のキャップは角が鋭く尖って、剃刀のようになっていた。もしかして、この女性は良からぬことを考えるのではないか?という思いが、ふと過った。そうだとしても、私が去った後のことはどうでもいい。彼女が生きようが死のうが、何の関係もないのだから。

やはり気になって振り返ると、悪い予感は的中した。女性は手首を掻き切っていた。
血液が脈打って流れ出し、スカートを斑らに染める。私は慌てて駆け寄り、そばに落ちていたポケットティッシュで傷口を押さえた。みるみる真紅に染まる。ポケットから白い手袋を取り出し、その上に重ね、ギュッと抑えつけた。階段の上の階からは、遠く人々の喧騒が聞こえてくる。声を張り上げて、救急車を呼んでくださいと叫んだ。喉元を見えざる手で締め付けられたかのように、声が掠れ、うまく出ない。叫びは微かな囁きに置き換えられ、上の階には届かない。沈黙が重く滞留した。女性の手首から手を離せば、動脈から血が噴き出す。身動きが取れず、額に冷たい汗が流れる。これは私の冷淡さに対する罰なのだ。きっとそうに違いない。そんな思いも、刻々と赤く染まっていく。