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香りのマジック

10月は、庭にある銀木犀の矮性種がたくさん花をつけ、ふわっと風とともに良い香りが室内に流れ込んでくる。この「自然の香り」に勝るものはないというのが自分としての結論で、3月は沈丁花、5月はダマスク系のオールドローズが香るようにと、それぞれ私が植えてきた。幾度か父に反対され揉めたのも、今となっては良い思い出として、それこそ胸の中で香るようになった。

香りって本当に不思議なものだと思う。自然から抽出したものと全く同じ分子構造の人工香料は、同じ香りになるはずだと思いがちだけれど、実際はかなり違う香りになるらしい。その「香り方」も不思議で、人工的に香らせたものは顔を近づければ強すぎ、遠すぎてはあまり感じられず、強すぎるか弱すぎるかどちらかしかない、と私は感じてしまう。

実際に今咲いている花の香りは、花に顔を近づけたら香りがきつすぎて困るということは全くなく、意外と弱い香りに感じるもの。なのに、少し離れた場所に風に乗ってふっと流れてくるときには、得も言われぬ芳しさに圧倒される。圧倒はされるけれど、強すぎて不快なことなどありえない。
同じように風に乗ってくる近所のお宅の洗濯物から香る柔軟剤は、正直しつこく感じることも多い。人為的に、この自然のマジックと同じような香らせ方をしてみたいと試してみても、絶対できない。
唯一、一番近いかなと思ったのは、箪笥の引き出しに入れておいたラベンダーのポプリが、時折部屋にふっと香る時だったかもしれない。でも、引き出しを開けた時は香りが強すぎた。古くなってくるとすぐに香らなくなってしまったし、また、空気の湿度にも左右される。湿度が高いと、香りはしつこくなる。

二十歳くらいの頃、ヨーロッパを旅した時、香水をテスターで色々試して、その中にものすごく気に入った香りがあった。シャネルの「クリスタル」という香水で、名前のとおり、水晶の細かい結晶が空中を煌めきながら舞い踊るようなイメージに感じられた。どこまでも透明で、無色で、輝きだけが鏤められたような香り。世界にこんなに素晴らしい香りが存在するのか!と、ときめいて迷わず購入した。

日本に帰ってきて、ワクワクしながらひとプッシュしてみると、愕然とするほど全く違う香りが立ちのぼった。あの煌めきはどこへ行ったの?! 間違えて違うものを買ってきてしまったかと思った。何度試しても、日本の湿度の高い空気では、あの香りは再現されなかった。細かな結晶のようなザラッとした質感さえ感じられた、あのドライさは全く無くて、もわっとした曖昧な花々の香だけしかそこに感じられなかった。不思議なことに、冬の乾燥した時期になっても、やはりあの、旅先で初めに嗅いだ鮮烈さは二度と感じられなかった。あの香りは、欧州の空気が前提で作られた香りなんだ。

日本に帰ってくると空港で醤油のような匂いがするけれど、ヨーロッパに行くとバターのような匂いがする。やはり空気が違うんだなと諦めるしかなかった。
今では、その頃より嗅覚が敏感になり、人工香料の香水は体質的に使えなくなってしまったけれど、興味深い思い出として心に残っている。