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母のハンドタオル

小学生の時、習字の授業が始まるので、道具を一式用意した。あと、筆を拭いたりする雑巾が必要だった。
ちょうど良さそうな小さめのタオルが見つかった。黄色で、どこかの宝石店のロゴが入っていた記憶がある。ノベルティとして貰ったもののようだ。私は母に言った。これを習字のときに使うから持っていっていい? 母は少しだけ曇った顔をして、その後笑顔を作り、私の顔を覗き込むように体を屈めて言った。これはお母さんの大事なタオルだから、雑巾にしないでほしいな。

何故こんな些細なことを覚えているんだろう。母に話しても絶対に記憶にある筈はないので、話したことはない。
そのタオルが母の大切なものだとも知らず、よりによって墨で真っ黒になる習字用の雑巾にしようとした。その事が、とてつもなく冷血でむごい事のように感じた。胸が締め付けられるような思いがして、母の身体を無惨にに切り裂いたような気分になった。なんてひどいことをしたんだろうと心が震えて耐えられなかった。

今思えば母は、まだ雑巾にするのはもったいないと思っただけで、特にそのタオルに思い入れがあった訳ではなかったのかもしれない。なのに、切り裂かれたのは自分の心の方で、二度と心から消えない入墨のような文様となった。

そのような小さな痣が接ぎ足され接ぎ足され、同じものはふたつとないその人だけの絵画が描かれていくんだろう。