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陽性転移

心の病で医者にかかると、その医師が異性だった場合、かなりの率で転移という状況が起こるらしい。医師に恋愛感情のようなものを持ってしまうこと。
それが治療の助けにもなるし阻害する場合もあるよう。私にも転移らしい症状は起きた。マスクをした顔しか見たことのない医師がなんとなく凜々しく思えてきて、退院した直後は出掛けるのも辛かったけれど、あの先生に話を聞いて貰おうと思うとなんとなく体が動いた。

担当の看護師さんが「退院の準備をぬるっと始めておいてくださいと先生に言われました」と言っていて、ぬるっと?と聞き返してしまって看護師さんと笑い合ったことがあった。それ以来「ぬるっと」の先生と自分の中で勝手に呼んでいる。
確かにぬるっとしている先生だ。おっとりまったりしていてあまりやる気は感じられない(ように思える)。あからさまにやっつけ仕事でしていますという感じすら醸し出している(ようにも思える)。いつも同じ霜降りグレーのフリースジャケットを着ていて、他の医師は皆白衣を着ているのに一度も白衣姿を見たことがない。入院病棟にその先生が来ると患者さんの一人のようで、来たのに気づかなかったりする。

なんだかそのやる気の無ささえ可愛らしく感じ、ぬるっとの先生はまったく可愛いんだから…と、にまにましながら帰るような感じだった。ある時自分のそういう感情がなぜなのか不思議に感じて、調べてみるとそれが陽性転移だということがわかり、わかった途端、すーっと霧が晴れるように我に返った感じがした。その幻の感情は見事に雲散霧消した。雲散霧消とはこの時に使わなくていつ使う言葉だろうと思うくらいに。

今日もあのフリースを着ているのかな?などと思いつつドアを開けたら本当に同じ格好をしていて内心笑ったこともあったし、暖かくなったら何を着るのだろうと思ったらフリースの下に着ていたTシャツ一枚の姿になっただけだったりして、他に服を持ってないのかよ?と突っ込みつつまた笑ったり、なんだかんだでぬるっとの先生に興味を持ち続けていたことも納得した。最近は、先生が何を着ていたかなんて全く関心もなくなり覚えていない。勝手に関心を向けられ勝手に冷められる精神科医。なんか可哀想。それも仕事の内なのだろうけど。

通っている精神科病院は割と大きいので外来の先生も数人いて、過去の経験で心療内科や精神科は待たされることが当たり前だと思っていたのにほとんど待ち時間は無いに等しく、驚いた。中には若い女性の先生もいて、男性の患者さんは結構な率で陽性転移を起こしているんじゃないかな?とか、お爺さんぽい先生もいるようだけど、この先生にも転移を起こす人がいるのかな?とか、そんなことを考えながら呼ばれていく患者さんを見ているとあっという間に自分の番が来るので助かる。

かつて通院した頃にはまだ認可されていなかったレクサプロという新しい薬が割合良く効いて、症状は大分抑えられているけれど、外的な要因などでストレスがかかるとまたすぐ悪化するし、調子が良いからと減薬をしてもまた悪化したりで一進一退。以前は抗鬱薬が効いたと感じられたことがあまりなかったので、この薬が出てくれて良かった。この冬からジェネリックが出たのも有り難い。

以前の医師には一日三回で継続して処方されていた抗不安薬が、現在では頓服としてしか処方されていないことも知り、納得した。ソラナックスは依存性が強く、やめる時に死ぬほど苦労したのをよく覚えている。今は具合が悪い時の頓服薬として処方されており、いつもお守りのように持っているけれど、凄まじく効く。これを毎日三回も飲み続けていたなんて今思うとあり得ない。医療の常識は十年二十年でこんなに変わってしまうものなんだと思うと、ちょっと恐ろしい。

陽性転移が起こるのは、医師が自分の言葉に耳を傾けてくれたり、不安な時に頼りにできる存在であるからで、自分の中にある欠落や空白を埋めたいという欲求に相手の存在が合致しただけということ。それは多くの恋愛の始まりと同じなんじゃないか? そのようにして始まった恋愛は陽性転移と同じで、多くの場合は幻を見ているだけということになる。
それが幻だったということに気づかなかったり、どうしても認めたくなかったりで、もがき苦しむことで血を流す。幻なのに、流れる血は本物なのだということが哀しいし、けれどそれ以上に味わい深い体験なのかもしれない。