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作品レビュー

かつて書いた『無彩色の寓話』という短い小説もどきの文章が、雑誌に掲載されることになる。本当に載っているのか?と半信半疑でページをめくると、いくつかの作品に混じって本当に掲載されていた。くすぐったいような、華麗なマジックに騙されているかのような、なんとも言えない不思議な心持ち。

洋書のように文章は横書きになっていて、最後に作品レビューの並んでいる箇所がある。まるでアマゾンの商品ページのよう。本文より一段小さいフォントで、ぎっちりと感想文が並んでいた。その殆どは、文面からとても若い世代の書いたものと推測される。擬音や絵文字がいっぱいの可愛らしいレビューたちは、言葉足らずで、決して上手な感想文ではないけれど、どれも好意的で、私の伝えたかった本質に肉迫しているのが良くわかった。

いつの間にか私はそれを雑誌ではなく、パソコンの画面で読んでいて、あまりに嬉しかったので、他にしなければいけない作業があったのだけれど、それが何だったかが、沸騰した意識の中から蒸発して消えてしまった。何かしなければいけないという気持ちだけが、空になった部屋にひとつだけ忘れられた家具のように、ぽつんと取り残されていた。

 

鈍感になる

繊細なのが好きだったから
鈍感な人が大嫌いだったから
自分が鈍感な人にはなれなかった
繊細なままでいたかった 変わりたくなかった

繊細すぎて生きるのが苦しくて 死んでしまいたいくらいなら
キャラ変すればいいだけだった

鈍感な自分を認めて受け入れる
かならず両側がある

自分を苦しめる理由

自分に 苦しめ苦しめもっと苦しむべきだって思ってた
できの悪いお前なんかもっと苦しまなくてはだめなんだって
そう言っていたのは 他の誰でもなく 私だ
醜いお前なんか できの悪いお前なんか
そのままでは価値がないと

料理ができなくても きれいに着飾れなくても
社会とうまく接することができなくても
私がそれを否定しなければ 他の誰も否定していない

否定して安心していた それはなぜ?
自分が神みたい これじゃ 罰する神みたい
エゴが全能感を得るために 自分を罰していた

駄目なところを探して責めて
繰り返し繰り返し同じところを周るのも
粘着質にへばりつくのも
私自身が私自身にしていること
私自身が私自身に復讐したかった
私の人生がうまくいかないのは自分のせいだから
これでは
誰かのせいにして責めているのと全く同じこと

エラー

鏡を見るのが怖かったのは
自分が内側で認識していることと外側の世界の現実が一致しないことを知らしめられるから
そして内側の認識のほうが間違っていると信じてしまうから
写っているもの見えているもののほうがエラーだとは思いもしないで

真実は外側の世界じゃない
私が 私と私の世界をどう認識するかが全てだ

私の認識が間違っていると信じるから
鏡にエラーの像が映る

手のひらに隠した貝殻

彼は、とても女性的な男性だった。見た目も、心の中身も、誰よりも繊細で、艷やかな絹のように傷つきやすかった。彼自身、それをコンプレックスに感じている。彼はそれを語ったわけではなかったけれど、私には手に取るように理解できた。気づいているだろうけど、あなたが恥じていること、それはあなたの魅力でしかない。そう伝えると、彼は目を潤ませ、遠くを見るふりをした。

彼の心の傷は、とてもわかりやすく、誰の目にも明らかなように思えた。わざわざ私が言葉にして伝える意味はないように思えた。余計なことを言ったら、気分を害してしまうかも知れない。それでもなぜか、彼に伝えなければいけないのだということを知っていた。私には当然のように苦もなく見えてしまった彼の水底を、率直に照らし出し理解する人は今まで一人もいなかったのだということを、彼の横顔から悟った。

学食のようなフードコートのような、殺風景で猥雑な広場に、喧騒が反響している。幾重にも響き合う耳鳴りのような雑音の中で、私と彼の間に佇む沈黙が輝いている。
大勢の見ず知らずの人々が行き交う中、私達だけ時が止まったように感じている。停止した時を彼と共有していることを、とても幸せに感じる。大切な貝殻を手のひらに転がすように、この沈黙を味わい、潮騒に耳を澄ませた。