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隕石の堆積場

蝶ネクタイを切る

木曜日の時間割を見ると、一時限目が社会科関連の授業、歴史でも公民でも倫理でもなく、見たことのない科目だった。二時限からは何をやるのかさっぱりわからない科目名がずらりと書かれている。

朝起きて、かばんに何を詰めていったらいいか考えてしまう。まともな教科書があるのは一時限目だけだった。新学期が始まるやいなや、私は体調が悪く欠席していた。体調というよりは心の調子が悪いのが本当のところ。木曜日に登校するのは初めてだった。

何時限目かの授業で、自由研究みたいにおのがじし何かを制作して、提出することになっているらしい。先週課題が出され、今週が期限らしい。周りの人たちの会話の端々からその事を知る。

近くに座っていた小泉今日子に似た女子に声をかけ、詳しいことを訊いてみる。彼女は高校生なのに髪を明るいベージュに染め、何時間もかけたようなフルメイクをし、ハイヒールを履いていた。
私が何の準備もしていないと知ると、彼女は怯えるような憐れむような表情をした。食べていたお弁当を、お猪口のような小さな器に少しだけ分けとり、私に差し出した。「これ、お下がり。」と言いながら。私は両手のひらを相手に見せる仕草ひとつで、それを断った。
そのお弁当はいかにも身体に悪そうな感じがしたし、食欲などかけらもなかったし、考えてみればお下がりだなんて失礼な言い草だし。

件の授業が始まって、生徒たちの空気がピリッとして毛羽だった。教師が、生徒たちの作業を品定めするように、ゆっくりと机の間を歩き回る。まるで奴隷の仕事を監視している雇われの無頼漢のように感じられる。私達は奴隷であり、御主人様の手下の顔色をうかがわなければならない。

教師が私の傍に近寄ってきた。何の用意もして来ず、悪びれもしない私に、怒りと嘲りを露わにした教師は、私の手の甲にシャープペンの先を押し当て、次第に力を込めて突き刺した。痛みはあまりなく、血も出なかった。反応がないのを見ると、私のブレザーのボタンを、次々に鋏で切り落とした。こんなことをして、何の意味がありますか?と、私は問いかけた。自分ほどの人間になれば、ボタンを切るだけのことでも芸術的な行為となるのだと、教師は言った。

勝ち誇った様子の教師から鋏を奪い取り、彼の蝶ネクタイを切り落とした。蝶ネクタイはワイシャツと一体になっていて、鋏は切れ味が非常に悪かったため、切り口は乱れてギザギザになり、ほつれた糸がたくさん飛び出し、なんとも無様なものとなる。虚を突かれた教師は、半笑いの口元を歪めたまま固まっていて、何の抵抗もしなかった。

ひどい切り口になってしまいました。私のような若輩者は、まだまだ芸術の領域には届かないようですね。嫌味を浴びせかけて、ちょっと気持ちよかった。

作品レビュー

かつて書いた『無彩色の寓話』という短い小説もどきの文章が、雑誌に掲載されることになる。本当に載っているのか?と半信半疑でページをめくると、いくつかの作品に混じって本当に掲載されていた。くすぐったいような、華麗なマジックに騙されているかのような、なんとも言えない不思議な心持ち。

洋書のように文章は横書きになっていて、最後に作品レビューの並んでいる箇所がある。まるでアマゾンの商品ページのよう。本文より一段小さいフォントで、ぎっちりと感想文が並んでいた。その殆どは、文面からとても若い世代の書いたものと推測される。擬音や絵文字がいっぱいの可愛らしいレビューたちは、言葉足らずで、決して上手な感想文ではないけれど、どれも好意的で、私の伝えたかった本質に肉迫しているのが良くわかった。

いつの間にか私はそれを雑誌ではなく、パソコンの画面で読んでいて、あまりに嬉しかったので、他にしなければいけない作業があったのだけれど、それが何だったかが、沸騰した意識の中から蒸発して消えてしまった。何かしなければいけないという気持ちだけが、空になった部屋にひとつだけ忘れられた家具のように、ぽつんと取り残されていた。


『無彩色〜』は旧サイトに載せているもの。多くに読まれなくても、誰に理解されなくても、ひたすら自分に正直に、自分のためだけに書くというスタンスで昔から書いてたけれど、やはり理解され、共感されることを求める気持ちがあったのかな。それを知らずしらず抑圧しすぎたのかな。

鈍感になる

繊細なのが好きだったから
鈍感な人が大嫌いだったから
自分が鈍感な人にはなれなかった
繊細なままでいたかった 変わりたくなかった

繊細すぎて生きるのが苦しくて 死んでしまいたいくらいなら
キャラ変すればいいだけだった

鈍感な自分を認めて受け入れる
かならず両側がある

自分を苦しめる理由

自分に 苦しめ苦しめもっと苦しむべきだって思ってた
できの悪いお前なんかもっと苦しまなくてはだめなんだって
そう言っていたのは 他の誰でもなく 私だ
醜いお前なんか できの悪いお前なんか
そのままでは価値がないと

料理ができなくても きれいに着飾れなくても
社会とうまく接することができなくても
私がそれを否定しなければ 他の誰も否定していない

否定して安心していた それはなぜ?
自分が神みたい これじゃ 罰する神みたい
エゴが全能感を得るために 自分を罰していた

駄目なところを探して責めて
繰り返し繰り返し同じところを周るのも
粘着質にへばりつくのも
私自身が私自身にしていること
私自身が私自身に復讐したかった
私の人生がうまくいかないのは自分のせいだから
これでは
誰かのせいにして責めているのと全く同じこと

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