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Dépôt de Météorites

溶けたノートパソコン

愛用のMacBookに向かって、何か夢中で作業している時に、父にしつこく話しかけられて苛立つ。半分無視してあしらった。父は腹を立てたのか、私のMacBookを絨毯の上に置いた。絨毯はみるみる色を変え、銀色に輝き始める。しだいに境目は曖昧になり、環境に溶け込むために色を変える動物のように、姿を晦ました。私は気づかず、ダイニングチェアの脚でMacBookを踏んでしまう。チェアに腰掛けて、座面がぐらついていることで初めて気づいた。リンゴマークのそばに同じくらいの大きさの穴が空き、その周辺から、モロモロと腐った壁のように崩れ始める。

仕方なく、新しいMacを買いに出かけた。店には凄まじく大きな、本格的なコンピュータばかりが並んでいる。これらを買い揃えれば、巨大なモニターがいくつも並ぶ、プロのトレーダーか何かの部屋のようになってしまうだろうことが想像される。小さなノートブック型は扱いがないというので、しかたなく勧められるままに決済をした。

隣に従姉が現れ、私は彼女に相談をした。お兄ちゃんに聞いてみれば分かるかもしれないけど……。彼女は言葉を濁した。長いこと会っていない、IT関係に勤める従兄のことをイメージしてみる。子供の頃の印象しかないので、いいおじさんになっているだろう姿が思い浮かばない。誰にも手助けを望めないならば、この複雑過ぎるコンピュータシステムを使いこなすことは難しいと思えた。突然踵を返して、レジでキャンセルの手続きを申し出る。焦りで、言葉が喉に詰まって渋滞している。

なぜこんなものを買おうと、いっときでも思ったのか、自分がわからない。全く必要のないものに大枚を叩くところだった。悪い酔いから醒めたような感覚。安堵の念が噴水のように空高く舞い、細かな霧のシャワーとなって降りかかるような爽快感。

復讐と感謝

私は父に復讐したかった
された分だけ返してやりたい苦しめてやりたいと感じていた
だから父に苛立つような出来事を掬い上げてその機会を窺っていた
その機会に思う存分遣り込めたいと願っていた

決して父の言動に「苦しめられ」ているのではなく
復讐の機会をみずから創造しているだけ
私は被害者ではない
その事に気づき 善悪で裁くことなく受け容れる

そのような創造の機会を父の存在が創ってくれた
生きることを難しくし ハードルを上げてくれた
そのことに感謝する

原色の愚者

私と恋人は若く、二十歳くらいに見えた。何も知らないがゆえの豪胆さがあり、怖いもの知らずで、シンプルに未来の輝きを信じている。タロットの愚者のカードのように思えた。私たちは、カラフルな原色を重ね合わせたピエロのような服装で、特に鮮やかな黄色が目を引いた。

銀色のステンレスで出来たカートのような乗り物があり、彼は、それに乗ろうと言った。これに乗れば、空を飛ぶこともできる。私は、それは無理だと言った。二階の窓から飛び出せば、コンクリートの地面に打ち付けられて大破する。

私たちは実際に試してみることにした。二階の窓から空中へと勢いよく飛び出した銀色のカートは、真っ逆さまに地面へと墜落した。けれどカートは無事に着地して、私たちを載せたまま数メートルほど惰性で進んだ。私たちには何の怪我もなかった。カートも無傷で、太陽の下、金属的な光沢を湛えて、破顔一笑するかのように輝いていた。彼の言ったことも私の言ったことも正しかったし、同時に間違っていた。空は飛べなかったけれど、大破もしなかったのだから。

恋人は病院に行き、診察を受けると、認知症だと診断された。黄色い服に身を包んで、無垢に微笑む彼は、その意味を理解していなかった。こんなに若いのに認知症になるなんて。私は悲しかったけれど、悲しんだところで何も変わらないことも分かっていた。
彼が私のことを忘れてしまう日が近い将来やってくる。それまでに、悔いを残さないだけ、思う存分愛されたいと願い、裸の背中に頬をうずめた。

相談者

二十歳くらいのの若い女性に相談を受ける。資格か何かの勉強をしなくてはいけなくて、朝方まで机に向かって頑張っているのに結果が出せないと言う。

何時間机に向かったから凄いんだと、時間だけで判断していませんか? 音楽を聞きながらとか、ラジオを聞きながらとかだったら、集中しているのはほんの一瞬、あとは意識が違う場所へ流れ出しているんです。無駄でしかありません。だったら一時間なら一時間と時間を決め、その間だけ勉強する、あとはすっぱり忘れて遊ぶ、としたほうがずっといいと思います。集中力も才能です。長く続けられる人もいればそうでもない人もいる。自分の才能を知ってそれに合わせたほうが得策です。私はそう答える。

そういう自分はどうなんだと、アドバイスをしている自分自身に言葉がこだまのように返ってくる。偉そうに何を言ってるんだか、何様のつもりだ!全部自分のことだろうが! かなり品のない台詞による罵倒が自分自身に吐きかけられる。相談者なんてどこにもおらず、自分を貶す声だけがそこにあるということに気づく。

漂白された闇

真っ白で艷やかな床が一面続いていて、その上に、寸分狂わず並べられたナイフやフォークのように、人々が並んで横になっている。その展開図は限りなく続いているかに見える。壁も天井も白く、白過ぎて、それが壁なのかどうかわからない。壁という概念や言葉さえ、吸収して真っ白にしてしまう。

寝そべった人々は皆、黒ずくめの服を着ているように感じられる。その真っ白な世界には無しか存在しないので、色も存在できなかったのかもしれない。

その世界で、整頓されて寝そべっているなかの一人の男性に、インタビュアーが話しかける。こんなに密集していて、周りには異性ばかりが寝転がっているのを、どう感じていますか。異性がよりどりみどりなのはどんな気分ですか?

たくさんいて、皆そっくりだと、誰が本当のパートナーだったかわからなくなってしまいそうですが、大丈夫なんです。気配というか、匂いというか、香りというか、そんなようなものを感じることができるので、見紛うことはありません。マイクを向けられた男性は少しだけ首を傾け、無表情のままで、機械的なトーンで答えた。