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カーキ色のミリタリージャケット

犯人は足音を忍ばせて、自宅マンションへと近づく。海草がなびくようにするりと身を翻し、ドアの隙間に吸い込まれた。正確には彼は犯人ではない。犯人だと誤解されているだけだ。リビングには蒼く月光が差し込み、光は液体のように廊下まで溢れ出していた。リビングでうたた寝をする妻に気づかれないよう息を潜め、月光の浅瀬を渡り、自室に忍び込む。鍵をかける。金属的な音が闇に沈殿した後、無音の溜め息をつく。


カーキグリーンのミリタリージャケットを、ベッドの上に脱ぎ捨てる。この忌々しいジャケットは、真犯人のものだ。なぜこれを自分が着ていたのか、彼には皆目見当もつかない。ジャケットには、無数のポケットが付いていて、本物の軍人が身につけるような重厚な作りに思えた。彼は内ポケットを探り始める。いかにも銃弾やら薬莢やらが隠されていそうなポケットに手を忍ばせる。大きなペンケースと小さなペンケース、アーミーナイフ、そして多数のレシートや半券。レシート類は、真犯人の足取りを追い、冤罪を晴らすための貴重な手かがりとなるだろう。小さなペンケースには、ビジネスマンがスーツに挿していそうな高級ボールペンが数本。大きなペンケースには、雑多な安物のペンが溢れんばかりに詰められていた。


別のポケットを探る。そこからは多数のはがきが見つかった。年末年始に家を空けていた間に届いた郵便物と、水道メーターの検針票。それらを一枚ずつチェックする。いつの間にか、はがきをチェックしているのは彼ではなく、私自身になっている。
はがきの大部分は、母宛に届いた年賀状、百貨店からの催し物の宣伝など。また別のポケットからも、多量のはがきが現れた。その中に、既に音信不通になって久しい友人からの年賀状をみつけた。Sちゃんの描く、可愛くも個性的で、完成されたイラストが懐かしかった。そこに添えられた文字を読む。鈴うさちゃん(私のこと)にとっても、うちのこぐまやこぞう(記憶が定かでないが何らかの動物だったのは確かで、それは彼女の子供たちのことを指す)にとっても、昨年は激動の年となりましたね。遅くなりましたが、結婚おめでとう! 2024年元旦。
受け取ったのは、未来からの祝福だった。