SITE MÉTÉORIQUE

Dépôt de Météorites

邂逅の時

花弁のように降り積もる悔恨を
柔らかく踏みしだく前に
木枯らしが奪い去る
吹き溜まる桃色の溜息に
冬は恋をした

あなたの背中に降りしきる黎明の雪
首筋にほどけていく結晶を
わたしはつぶさに見つめている   
振り返らないで もう一瞬
少しだけ怖いから

瞳のなかに繰り返される原風景  
いつでも同じ幾何模様
幾万の深淵を覗き込み
渦巻く郷愁に身をやつす

記憶を手繰り寄せるまでの
たまゆらの時 
瞬きのしじまに往き過ぎる
幾光年の旅

あらゆる種子が
あらゆる屍が眠りつづける
大地を踏み締め
霜柱は軋む

呼吸を止め
重力を裏切り
この浮遊にたましいを懸ける
眼差しに灼けて
この軀が融けてしまおうとも

 

水底を映し出す鏡

トート・タロットに魅了されている。
タロットカードはずいぶん昔、若い頃に一度興味を持って、二つほどデッキを買った。一つはメジャーなライダー版に準ずるもの、もう一つがトート版だった。当時は、トートの図柄がなんとなく強烈すぎる気がして、自分のなかの暗闇まであからさまに白日の下に曝すような残酷さを感じて、苦手意識を持った記憶がある。買ってみたものの、トート版は殆ど使わなかった。

自分の念が強すぎたのか、こうあってほしいということ以外を許せなかった狭量さからか、タロットは私の手の中で暴れるように、私の願いをあざ笑うように、期待を裏切って見せた。すっかり信じられなくなり、タロットなんて当たらないと思い込み、背を向けてしまった。単に深層意識を見せているだけで、タロットが私を裏切ったわけではなかったのに、未熟さがそう思わせた。

仕舞い込んであったデッキを二十年振りに引っ張り出して、しみじみと見てみると、あの頃には恐ろしいくらいに感じたトート版が、なんとも神秘的で、耽美なものに感じられ、魅了された。
ある種の残酷さや、おどろおどろしい感覚は確かに感じるけれど、それが逆に心地よく、媚薬のように酔わせてくれる。この感覚の変化は自分でも不思議。

ライダー版は絵柄も具体的で、質問に対しても具体的に答えてくれる感じ。その分深みを感じない。トートは心の水底を映し出す感覚。答え方もヴェールに包まれ、どこか観念的。肌が合い、解釈もしやすい気がする。
不思議なのは、ライダー版だとスプレッド結果をメモしておかないと忘れてしまうのに、トート版だとなぜか完全に覚えていること。それだけ絵のインパクトが強く、右脳に刻みつけられるみたい。ライダーの場合、描かれた象形の意味することや色の意味することを、どちらかといえば左脳的に把握するのに対し、トートは、それぞれのカードが一つの絵画として完成されていて、図柄の意味を考えるより前に、右脳に直接飛び込んでくる感じがする。

内側の潜在意識にあるものが、まざまざと映し出されるのには改めて驚いている。表の顕在意識を納得させるためのヒントがたくさん得られる。表と裏の意識がだんだんと擦り合わされて、同調していくような感覚がある。二つの振り子が自然に同調していくように。

タロットは占いではなく、未来を予知するものなのではなく、どこまでも自分を知る鏡なのだということが、良くわかってきた気がしている。
表の意識は狭い視野しか持たず、常に周辺からの情報を入力され続けて、疲弊している。顕在意識はたった3%で、残りは全部潜在意識が司っているというけれど、97%の言うことに耳を傾けてやらないと、訴える声を益々強め、暴走して手に負えなくなる。

大抵の二者択一は、表の意識と裏の意識の対立で、自己を分断するもの。私の苦しみの大部分は、そこから来ていたと思える。
3%のリーダーは、自分たちのエゴで物事を進めちゃいけない。全員の声をきちんと聞かなくては。虐げられてきた声を聞き、慰労して、ありったけの愛を注ぐ。

過去の私、タロットの逆位置のようなエネルギーを発して生きていたかもしれない。正位置のエネルギーをいつも意識する。シンプルに単純に。真っ直ぐな情熱を持って。
逆位置は本当の私じゃなくて、外的にも内的にも様々な余分なものに妨害されて、そうなっていただけのこと。

 

世界を受胎する

胸に圧縮した憤りも
限りない密度の結晶となれば
透明な水のような静けさを抱く

沈んでいく 
なにもかもが沈殿したのちに
荒涼とした世界は
ひとしずくに凝縮される

それを飲み干すのは かんたんなこと

見つめていたのはあなたの影だった
いいえ わたしの影だった
わたしはそれを あなただと信じ込んだ

あなたをこの手に抱きしめるためには
わたしは世界を飲み干さなければならない
世界を受胎しなければならない

涙も血も流し尽くせば わたしは抜け殻となり
抜け殻だけが 世界を孕むことができる
その無彩色の中空に 色を想い出させる

深紅の生命を
遺伝子に刻まれた暗黒物質の行方を

 

因果律

まだ薄暗い早朝、校舎の階段を上っていた。煤けたコンクリートの灰色だけに支配された、廃墟のような空間。階段の途中には、新聞紙が散乱して行く手を阻んでいる。折り畳まれた大量の古新聞に混じり、スナック菓子やウエットティッシュの袋も散乱していた。それらは、なぜか全て未開封の新品だった。

そばに、石田純一風の、年季の入ったプレイボーイが佇んでいる。イタリア製のシャツとジャケット、首元にカラフルなスカーフを巻き、この殺風景な場所にどうにもそぐわない出で立ち。彼が振り向いたので、仕方なく声を掛ける。この散らかった新聞紙は一体何ですかね? 彼は、視線を泳がせて言う。僕も知りません、ただ通りかかっただけなので。

古新聞の回収の日で、私も、古新聞を詰めた回収袋を手にしていた。とにかく自分には関係ないことだから、早く仕事を済ませてしまおうと、散らかって足の踏み場もない所からなんとか足の踏み場を探し出し、階段を上っていった。空気は凍りつき、吐く息が白銀色に煙っては消えていく、その音楽的な律動を見つめる。

踊り場の隅に、若い女性がへたりこんでいる。青ざめた顔、空ろな目をして、酒に酔っているか、薬物で酩酊状態のように見えた。あのプレイボーイと何らかの関係があるのは明らかだった。女性に表情はなく、無機質なマネキンに、黒鉄色の隕石を二つ嵌め込んだかのように見えた。

この女性がしでかしたことなら、これを片付けるのは無理だろうな。無視したまま立ち去ることもできたのに、私は徐ろに、散らかった新聞紙を片付け始めた。古新聞を束ね、菓子袋もまとめて大きな袋に詰める。片付け終わると、それらは初めから存在しなかったかのように忽然と姿を消した。あとに、ペットボトルのキャップや、瓶の飲料の金属製のキャップなどが幾つか、無造作に散らばっていた。それらも透明のビニール袋にまとめて、座り込んでいる女性に渡す。放心したままの彼女は、反射的にそれを受け取る。

金属製のキャップは角が鋭く尖って、剃刀のようになっていた。もしかして、この女性は良からぬことを考えるのではないか?という思いが、ふと過った。そうだとしても、私が去った後のことはどうでもいい。彼女が生きようが死のうが、何の関係もないのだから。

やはり気になって振り返ると、悪い予感は的中した。女性は手首を掻き切っていた。
血液が脈打って流れ出し、スカートを斑らに染める。私は慌てて駆け寄り、そばに落ちていたポケットティッシュで傷口を押さえた。みるみる真紅に染まる。ポケットから白い手袋を取り出し、その上に重ね、ギュッと抑えつけた。階段の上の階からは、遠く人々の喧騒が聞こえてくる。声を張り上げて、救急車を呼んでくださいと叫んだ。喉元を見えざる手で締め付けられたかのように、声が掠れ、うまく出ない。叫びは微かな囁きに置き換えられ、上の階には届かない。沈黙が重く滞留した。女性の手首から手を離せば、動脈から血が噴き出す。身動きが取れず、額に冷たい汗が流れる。これは私の冷淡さに対する罰なのだ。きっとそうに違いない。そんな思いも、刻々と赤く染まっていく。

 

思いのエコロジー

未来のことを心配するのに 今の時を使うのは ただの無駄遣い
あらゆる無駄を省こうと必死なのに どうして
今という時間の無駄遣いは平気でしているの?

心配は最小限にするのが エコというもの
どうしてもそれが起こってしまったら その瞬間だけ心配すればいい
それが起こったらどうしようと 前々から心配し続けるのは
エネルギーの垂れ流しであり 人生の乱獲でもある

過去に起こったことを悔やみ続けるのも 同じこと
人生の乱獲を続ければ 魂の生態系は崩れ 
動植物は絶滅し 資源は枯渇し
砂漠化が待っている