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ゆきちゃん

ゆきちゃんはとても賢くて、好奇心旺盛な女の子だ。ゆきちゃんは小学校四年生くらいに見えたけれど、もしかするともっと小さいのかもしれない。様々なことを疑問に思ったらすぐに自分で実験してみないと気が済まないのだそうだ。昨日もキャベツから発酵種を作ったのだと話していた。


ゆきちゃんは、私の猫シルくんの次の飼い主に決まった。17歳になったシルくんは、次の飼い主へと譲渡されなければならないことが決まっていた。私は先日も駐車場でシルくんを見失い、泣きべそをかきながら探し回ってようやく見つけたりしたことがあったし、数日ごはんをやるのを忘れていたこともあったし、猫の人生を司る神様から飼い主不適格との烙印を押されたのだった。


ゆきちゃんとは、保健室で面会することになっていた。シルくんは既に数日ゆきちゃん宅に預けられていて(そのようにマッチングして相性などを確認するシステムがあった)、シルくんはすっかりゆきちゃんになついていた。私が保健室に入っていけば、シルくんは私のところに来て別れを惜しんでくれると密かに期待したのだが、彼は始めからゆきちゃんの猫だったとでも言わんばかりに、私のことをちらりと見た後、完全に無視を決め込んだ。私はとても悲しかった。
あと何年生きられるかわからないけれど、シルくんはゆきちゃんのもとにいたほうが幸せだろう。保健の先生が見守る中、私はゆきちゃんに挨拶をした。ゆきちゃんの肩を軽く叩きなから、シルくんをお願いね、と震える声を抑えながら言った。ゆきちゃんは、おののいて後ずさりしたいのを必死にこらえているような顔をしていた。私はひどく嫌われているようだ。


身を裂かれるような思いで保健室を出て、エスカレーターを下っていった。途中でクラスメイトの男子がいて、私の顔を不躾に覗き込んで言った。自分、何真っ青な顔してんねん。その少年は関西出身だったのか、わざと関西弁を使ったのかわからなかったが、ひどくばかにされた様な気分になった。その時の私は、ゆきちゃんと同じくらいの年格好になっていた。

 

嫉妬と銀色の鱗

昔、数回だけ話したことのある知人Hが、動画を配信するチャンネルを始めたと聞いて、見てみようと思い立った。
動画は途中から再生され、いきなりHの後ろ姿が映っていた。後ろ向きで何かを説明している。
タイトなジーンズと、白いクロップド丈のセーターとの間に、腰のあたりの肌が露出していた。その肌には、皮膚をルーペで拡大して見た時のように、細かな三角形の肌理が並んでいるのがはっきりと見え、それが魚の鱗のように銀色にギラギラと光っていた。


振り返ったHは、昔とはずいぶん印象が変わっていた。以前はショートカットで少年のような中性的な人だったけれど、画面の中の彼女は華やかな女性らしい雰囲気に変貌していた。前髪を薄く下ろし、鎖骨辺りまでのセミロングの髪を外巻きにカールさせていた。シルバーっぽいラメのアイシャドーが輝き、リップもグロスでつやつやの光沢感を出していた。鼻筋と頬の高い位置にハイライトを入れているようで、顔が立体的に見える。とにかく、何から何までつやつやキラキラのメイクだった。
そしてメイク以上に、彼女の溌剌とした印象は、非常に輝いて見えた。


彼女の変貌ぶりに比べ、自分の様を思い返すと、惨めな気持ちになった。同じ時間を過ごしてきたはずなのに、私は自堕落に時を過ごし、自分を磨く努力を怠ってきた気がした。
自責の念と不安がみるみるうちに膨らんだ。風船のように限界まで膨らんで、小さく破裂した。いつもその破裂音は小さい。しかしその音を聞いた後には、なにか別のものを身体のなかに詰め込まずにはいられなくなるのだった。
私は冷蔵庫へ向かい、何かを食べようとそのドアを開けた。中は白く、棚が3段ほどあり、ライトがついていた。まさに冷蔵庫そのものなのだけれど、中には靴下や、タオルや、そんな類のものが入っていた。


気づくと、冷蔵庫のドアが外れていて閉まらない。このままでは冷気が外へ逃げてしまう。蝶番をいじっていると、ずれていた何かがカチッともとに戻る感覚があった。ドアを閉じてみると、きちんと閉まるようになっていた。今度こそ食べるものを求めて、もう一度ドアを開けた。
すると、中はクローゼットに変わっていた。がら空きのクローゼットに、ブラウスかカーディガンのような薄手の衣類が二枚ほど、ひらひらと揺れているだけだった。

 

クレジットカードを紛失する

久しぶりに都内へ買い物に出ていた。友人二人と一緒だった。かねてから存在は知っていたが行ったことのなかった天然石の店へ、行ってみたいと急に思い立った。
その店は名前も経営者も変わっていなかったが、天然石の店でなく、天然酵母のパン屋さんに変わっていた。


時間帯が悪かったのか、店内に並んだパンは少なかった。焼き立てのものがあまりなく、袋詰めされた定番のパンが多かった。私がテーブルロールのようなふわっとした丸いパンが袋詰めされたものを手に取ろうとすると、レジの奥から店長に声を掛けられた。今焼き上がったのがあるよ。
レジの横には、テーブルロールとは似ても似つかない、煎餅のようにぺしゃんこに潰れたパンが山積みに置かれていた。強力に薦められるので、私はその煎餅のようなパンを買うことにした。それ以外にも数点の食パンやフランスパンを買った。
合計で2万と130円。ありえない高額なのに、私は当たり前のように支払いをしようとした。クレジットカードを財布から取り出すと、出てきたのは白い紙製のカードに、私の住所氏名が手書きされたものだった。私の筆跡ではない。氏名の漢字も微妙に間違っている。緑(みどり)と縁(ふち)が見分けがつきにくいように、似ているけれど違う文字。中国語のようにも見えた。


どこかで間違って、本物とこの偽物を取り違えてしまったのだろうか。頭が混乱する。現金が足りるだろうか。
隣りにいた友人に、もし足りなかったら建て替えてくれる? とお願いしてみたけれど、彼女は当惑した顔で、そうしてもいいけど、とりあえず財布をよく見てみたら? と籠もった早口で答えた。ずいぶん冷たいものだ。そんなに親しいわけでもないし、この程度の友人だということなのかな。
ともかくカードがどこですり替わってしまったかを考えなければ。ひとつ前に寄った店で、支払いのときにレジで確かにカードを渡した。きっとその時だ。私はその店へ急いだ。


ひとつ前に寄った店に着くと、そこも天然石の店からパン屋に変わったばかりの、同じ店だった。店長に問いかけようとしたが、手帳を手にした男性と深刻な顔で何かを話している最中だ。手帳の男性は、眼鏡をかけて眉間に皺を寄せ、いかにも刑事か、探偵のような雰囲気だった。
やはりこれはなにかの事件なのだ! 刑事が出てきたのなら安心だろう。私は店長ではなくこの刑事に話しかけようと、会話が途切れるのを待っていた。彼が本当に刑事かどうか確かめようともせずに。

 

タロットカードが思い出せない

タロット占いをしてもらっている。四枚のカードを正方形の角の位置に並べる、簡単なスプレッドだった。
二枚目がハートの10のリバースだったのを覚えているが、後で考えてみるとハートの10はタロットカードでなく、トランプだ。


タロット占い師は、若くてイケメンだというのを売りにしていて、松田翔太似だと自ら謳っていた。写真を見るとそう思えなくもない感じだったけれど、実物を前にすると、全く似ていなかった。どこか場末のホストのような出で立ち。そんな風貌では詐欺師のように見えてもおかしくないのだけれど、彼の物腰や言葉の選び方から、信頼に足る人物であることは見て取れた。それは占いをして貰う立場での贔屓目なのかもしれないが……。
展開されたスプレッドを前に、占い師は笑顔を見せ、これはいいカードが出ましたねと言った。いざ解説に入るという時、スタッフが彼を呼びに来て、一旦席を離れた。その後待っていても彼はなかなか戻らない。スタッフがまた来て、のっぴきならない急用ができたので、あとで解説を録画した映像を送ります、と平謝りされた。


次の瞬間、私は車の後部座席に居た。隣に、スピリチュアル系の動画を配信しているKさんが座っている。Kさんは占い師の関係者のようで、私達は彼のところへ向かっているらしかった。
私はタロットのスプレッドを夢の中では正確に覚えていたので、それについてKさんに尋ねたいと思った。Kさんは疲れているのか、車が走り出すとすぐにウトウトし始め、船を漕いだ。私はタロットの解説を早く聞きたいのをぐっとこらえ、逸る心と戦っていた。信号で停まった時、Kさんはふと目を覚まし、私に対して非礼を詫びた。お疲れのようですから、ゆっくり休んでくださって結構ですよ、と社交辞令が思わず口をついて出た。反射的にそう答えてしまった自分に、じわじわと苛立ちが湧き上がった。


目が覚めて、タロットの意味を詳しく調べてみようとしたけれど、四枚のカードの内容だけがすっぽりと抜け落ちたように思い出せなかった。

 

ハーモニカを教える箱入り娘

単発のアルバイトのために、M小学校の近くの、ある医院に併設された老人ホームに向かっている。家の近くだし道はよく知っているはずなのに、なぜだかなかなかたどり着かずに苦労した。角を曲がって看板を見つけると、約束の時間ギリギリだった。老人ホームで文化祭が開催されるので、その日だけ補助的な仕事をする予定だった。


対応に出たのは、ジャニーズ系少年の20年後といった印象の、童顔の男性だった。顔中に赤い吹き出物がたくさん出ている。仕事の精神的ストレスなのか、時間の不規則な仕事内容で体が悲鳴を上げているのか。
文化祭でハーモニカを吹くので、担当するご老人にハーモニカを教えてほしいと言われ、誰が使ったのかわからないハーモニカを手渡された。教えるためにはこれを吹いて見せないといけないのだろうか? ちょっと生理的に嫌だな、と思ったが顔には出さなかった。このバイトを入れたことを既に後悔し始める。


通りすがりの女性の職員が、私の顔を見て話しかけてきた。「ふたつきもすれば平気になるわよ。あなた『ふた付き』だから」……何のジョークか、一瞬よくわからなかった。「それを言うなら、私は『箱入り』ですから!」と、思いつきのままに私は答えた。一瞬の沈黙の後、辺りは大爆笑。しばらく拍手が鳴り止まなかった。こそばゆくて逃げだしたかった。


私の担当するご老人は、かつてラグビーの選手でもしていたのかと思うほどがっしりした体の男性で、頭髪もまだ半分くらいは黒かった。しかし認知症がひどいらしい。こんなガタイの人に抵抗されたら困ったことになるなと心配になった。彼はずっと車椅子に座ったままうなだれていて、顔がよく見えない。ハーモニカを見せて、これを吹きましょうねと話しかけたが、完全に無視される。


ご老人は、他の入居者が持っているお弁当に関心を注いでいる模様。その入居者の家族が来ていて、手弁当を持参していた。可愛い弁当箱に、お箸のケースが添えられていた。そのケースには、家紋のような模様の入ったボタンが付いている。一見するとノック式のボールペンのような形。ノックする場所についた家紋は、家族の愛と絆の象徴のように思われており、それが社会共通の認識として浸透している。
ご老人はその入居者に突然近づき、弁当を奪い取った。彼の腕力にかなう者はいないように見えた。私を含め、周りにいる人もオロオロするばかりで何もできなかった。ご老人は箸のケースを手に取ると、時限爆弾のスイッチを入れるかの如く、家紋をノックした。


その瞬間、ドラマは終了した。次回へ続く。私は自宅でテレビを見ている自分に気づいた。