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青いインクと鉄瓶の中の生態系

真っ白な便箋に手紙をしたためていた。それは投函することのできない手紙だった。相手に見せてはならない、秘めた恋の手紙。ただ自分のためだけに、心のうちをさらけ出す。自分に決着を付けるための手紙だった。
万年筆を手に取り、ブルーブラックのインクで、心の襞から掻き出した想いをひとつひとつ正直に書き留めていった。書き終わると便箋数枚になった。


あまりに赤裸々に自分をさらけ出したため、読み返すととても強烈な印象となった。ちょっとやりすぎたかもしれない。私はそれを薄めたくて、便箋の表面に薄く水を塗った。
ブルーブラックのインクが明るい青色に滲み出して、文字がぼやけだした。このくらいでちょうど良い、と思ったのもつかの間、文字はますます滲み出し、ほとんど判読できない青い塊となっていった。便箋一冊がまるごと水浸しになり、持ち上げると水滴がしたたり落ちた。
手紙の下に重なった数枚の便箋には、殴り書きのようなメモがされていたが、それは黒いボールペンで書かれていたので全く滲んでいなかった。おかしいな、この万年筆のブルーブラックは酸性のインクで耐水性があるはずなのに。私は文字の書かれた数枚を剥がし取った。見ると、先程書いた手紙は青く滲んだ部分さえ消え、ほとんど真っ白になっていた。


キッチンのコンロの上に鉄瓶が置かれ、火にかけられていた。先程お茶を飲もうと思ってお湯を沸かしていたのだった。ふと見ると、鉄瓶の内部から炎が上がっている。びっくりしてコンロの火を止め、小さな鉄瓶の中を覗き込む。
炎の合間に、盆栽のようなものが入っているのが見えた。きれいに枝を整えられた立派な盆栽だった。その枝に引っ掛けるような形で、蜜柑がひとつ置かれているのも見えた。
小さな鉄瓶の中に大きな盆栽が入っているのは有り得ないことなのに、なぜかその鉄瓶の中ではそれが正しい秩序のように思われた。屋久島やマダガスカルや、独自の生態系を持つ島のように、この鉄瓶の中にもユニークで他には見られない自然が展開しているように思われた。その魔術的な世界に吸い込まれるように、うっとりと見つめる。


ふっと我に返ると、鉄瓶からますます勢いよく炎が舞っていた。早く消火しなければ。私はコップに水を汲み、鉄瓶に流し入れた。炎は一瞬沈静化したように見えたが、再び激しく燃え上がった。
ミトンを両手にはめ、鉄瓶の取っ手を持ってシンクへと移動した。ここで失敗すれば家中に燃え移ってしまうかもしれない。ゆっくりと丁寧にシンクへ置いて、蛇口から直接鉄瓶の中へと水を流し込んだ。
燃えかけの盆栽の枝と蜜柑が勢いよく流れ出て、排水口のゴミ受けの中に溜まった。