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Dépôt de Météorites

刑務所のエレベーター

大学の建物の中、エレベーターに乗り込んだ。私は友人Aと一緒だった。他愛もないお喋りをしながら、混み合ったエレベーターに乗り込むと、重量オーバー寸前だった。すでに乗っていた学生たちの中に、見知った顔を見つける。元アイドルグループのKに似たその男性。彼は私達を見て、微笑みで答えた。人懐こいその表情は、なぜだか一抹の毒をはらんで見えた。
彼は先日、活動中に逮捕されたらしいと噂されていたけれど、無事だったみたいだ。でも目をつけられているのは確かなことだろうし、親しくすることで巻き込まれかねない。一瞬のうちに考えを巡らし、私の笑顔はぎこちなかった。

私と友人は、Kを残し、先にエレベーターを降りた。その階には、なぜかエアウィーブというマットレスに似た巨大な物体が置かれていた。数メートルもある巨大なエアウィーブは大きくねじれていて、ガウディの建築のような不思議な曲線を描いている。その斜めの曲線をよじ登らなければ先に進めない。友人Aはするすると器用によじ登った。私はあとに続いたけれど、足はつるつる滑るし、どうやったらこの斜めの壁をよじ登れるのか見当もつかない。Aが見かねて手を差し伸べてくれている。私は必死に冷静を取り繕い、一度作り笑いをしてから、もう一度壁を登る。

どうやったか記憶に無いけれど、私はそれを登り切ることができたらしい。反対側へ下っていくと、そこは幼児のための教室のようなところだった。真新しい本の醸す青い匂いが漂う。北欧から来た金髪の女性が、幼い女の子に絵本を読み聞かせている。
それを尻目に通り過ぎようとするとき、見るからに怪しげな人物に呼び止められる。能面のような顔をした、黒尽くめのスーツを着た人物は、どう見ても秘密警察か何かの手先だ。生命のパルスが全く感じられない。
私は髪の毛を掴まれ、長い髪を束ねられて、その髪を壁に打ち付けられた。頭より高い位置に釘か何かで固定されて、身動きが取れなくなった。友人Aの姿が見えない。彼女も捕まってしまったのだろうか。窓の外に設置されているデジタル時計が見える。5時何十分何十秒と表示されている。なぜか光が滲んで、5の数字が8にも見えた。その曖昧さをぼんやり見ていることしかできない。

駐車場の管理人らしき人が寄って来た。そのおじさんはいかにも人の良さそうな笑顔で、私の髪を壁から外してくれた。あんたは疑いが晴れたよ。よかったねえ。私の鞄を手渡しながらおじさんは言う。鞄の中に疑わしいものは見つからなかったから解放されたんだよ。
Aがどうなったか知らないか、訊いてみた。おじさんは表情を曇らせた。もうひとりの子は、鞄の中から書類が見つかったよ。危険分子だと見なされるだろうねえ。反政府活動の動かぬ証拠が出ては、可哀想だけど仕方がないわな。
彼女の真剣な眼差しや、凛とした佇まい、軽い身のこなしを思い返すと、もしかして本当にそうだったのだろうかという思いが過る。でもそんなはずはない、誰かにはめられたのでは? その危険な書類が私の鞄から出てこなくてよかったと、一瞬考えたあとで、それを恥じた。

大学の建物は刑務所のようなものに変わっていた。おじさんは建物の外まで私を見送ってくれた。おじさんは、彼の部下の、口のきけない若い男の子に私を送ってやるようにと指示を出したが、私はそれを丁重に断った。大丈夫、ひとりで帰れます。

刑務所の周りには、高い鉄格子が張り巡らされていた。鉄格子の足元にも、雑草が育ち、可愛らしい黄色い野花が咲いていた。私は草を踏みしめながら帰路についた。空はいつものように青く、透き通っていた。

空気を読まない

新しいドラマを見始めようと思っていたら、ちょうどそのドラマの宣伝番組をやっていた。主演の俳優Jが、同年代の若い脇役たちを四人従えて、その中心に立って挨拶していた。

Jはその役柄に関して熱く語り、そこから人生論や哲学的な内容にまで発展していった。周りの四人の若い青年は少し退屈したような、持て余しているような様子で、先輩の主演俳優には逆らえないと言った風情で突っ立っていた。カメラを抱えたスタッフたちもだんだんに及び腰になっているのが感じ取れた。Jは全く空気を読むこともせず、自分の話したいことをひたすら情熱的に語り続ける。空気を読めないのか、敢えて読もうとしないのか、どっちなんだろう。後者だと信じることにした。

一緒に見ていた誰か(誰なのか覚えていない)が、画面の中の出来事を笑った。彼は何なの、周りは完全に引いてるね。
私は答えた。このアツいところが良いんだよ。炎のように熱いのと、ナイフの刃先に触れたような背筋も凍るような冷たさが、同居してるの。それがかけがえのない魅力なの。私もJに負けないくらい空気を読まずに、彼の魅力について熱弁を振るった。

 

玉虫色の靴

専門学校のようなところに通いはじめ、初日に緊張しながら学校へ向かう。渋谷と恵比寿の間に学校はあるはずだった。初めて通る大きな交差点を抜け、太い歩道を行き交う人々の中に紛れる。
学校の建物の中、大きなトイレのような場所にいる。プールの更衣室のようでもあり、多くの人が自分の荷物を開いて中身と向き合っている。
私はなぜか靴をなくし、裸足でタイルの上を歩いている。ひやっとした感覚に神経が苛立った。サンダルを買おうと思う。更衣室には、靴屋のように新品の靴が陳列されている。どれもピンと来ず、気に入るものがなくて、迷いあぐねて歩き回るうち、いつのまにか深緑色のエナメルのミュールを履いて、街を歩いていることに気づいた。
足元を見ると、深緑色だったミュールがラズベリーピンクのような色合いに変わりつつある。バイカラーのトルマリンみたいだ。光の角度で色が変化する玉虫色のエナメルなのか、珍しいな、と思う。虫の甲羅のようでもあるその靴は、とても軽やかな足取りで歩く。靴が自ら歩いていて、私はそれに乗っているだけのような気がする。

路地を曲がったところに、昭和の風情漂う食堂が一軒ある。毛筆ででかでかと店名が書かれた看板がかけられている。サッカー選手Hによく似た金髪の男性が、その食堂に入っていくのを目撃する。彼は学校の先輩で、家族らしき人たちとテーブルを囲んで楽しそうに食事していた。声をかけたかったけれどタイミングを逃し、諦める。ガラス越しに、彼らの談笑する声が漏れ聞こえる。どこからか滲み出てくる疎外感。誰のせいにもできない、我儘な心の動き。

その先を曲がると、線路のそばへ出て、駅へと抜けられるはずだと思っていたのに、全く違っていた。急勾配の斜面に、家々が並ぶ。その間を縫うように細い坂道や階段が張り巡らされていて、迷路のよう。完全に道に迷う。辺りが刻々と暗くなってきて、急激な不安に襲われる。夜の帳が下りるなか、階段と坂道は象牙色に浮かび上がって、白骨が散らばったようにも見えた。
すれ違う若い女性に道を尋ねる。駅はこの方向で合っているけれど、入り組んでいるから地元の人でないとわからないと言う。心配なら、もと来た道を戻ったら?と言われる。すでに闇に閉ざされ、引き返すことも難しく、途方に暮れる。

ピルグリム・ブラザーズ

玄関のドアを開けると、見慣れない三人組が立っていた。二十歳くらいの若い男性二人と女性一人。彼らは皆、ちょっと不思議な格好をしていた。薄汚い感じの古着を重ね着し、穴の空いたジーンズをはき、顎くらいまでの長さのドレッドヘア風の髪型、そして首に何十本ものチェーンのネックレスをかけていた。大体がウエストの辺りまで届くほどの長さで、ネックレスというよりは、ベルトに使われるような太く大きなチェーンでできている。何十本のチェーンのボリュームが凄くて、ハワイで首にかけるレイを幾つも重ねているみたいだ。

リーダーらしい男性が声をかけてきた。チェーン、ある? 不躾なタメぐちでそう言うと、自分の首にかかっているチェーンの一本を引き出して、私に見せた。彼は色白で中性的な、端正な顔立ちの青年だった。かといって青白い不健康な感じはなく、いかにも若者らしい精気に満ちている。彼の見せたチェーンのネックレスは、くすんで黒みがかった金色で、どう見ても本物のゴールドではなかった。金メッキですら無い、おもちゃのようなものに見えた。
隣に立っていた女性が口を挟んだ。昔バブルの頃に流行ったようなやつじゃないよ、こういうやつだよ。彼女も自分のネックレスを指し示して、私に見せる。昔流行ったギラギラのリアルゴールドではない、このくすんだ金色のネックレスにこそ価値があるらしい。私の知らない新しい金属なのだろうか、という思いが過った。

そういうのは持ってないよ。私はそう答えた。ふーん。そっか。彼らはあっさり納得して、じゃあ、リップ○○はある? と訊いてきた。リップなんとかとは何だろう? 私はそれが何か尋ねてみた。彼らなりに誠意を込めて説明してくれたけれど、彼らだけに通じる若者言葉みたいなものが散りばめられていて、そのひとつひとつが理解出来ない故に、全く意味が通じなかった。過酷な旅の間、唇を保護するために塗るリップクリームのようなものであり、決してリップクリームではない何か別のものを示しているらしかった。

それも持っていないと告げると、同じようなドレッドヘア風の髪型をして、同じようなボロボロの古着に身を包んだ彼らはまたあっさりと納得し、顔を見合わせていた。彼らのその格好は、彼らにとっての正装なのだということを感じた。
じゃあ!とカジュアルな挨拶をして、彼らは隣の家へと向かっていった。礼儀正しくもなく、愛想が良いわけでもなく、それなのに彼らに接したあとには、心に涼しい風が吹き込んだような清浄な感覚が残った。彼らの旅は一種の巡礼のようなものなのだということが、そのとき分かった。

新聞広告

夢の中の私には密かに片想いをしている人がいて、彼が離婚したという週刊誌の記事を、新聞の中に見つける。朝早く、一通り新聞には目を通したはずなのに、その時には見つけられなかった。なぜ見逃したのか、不思議だと思った。

ずいぶん前に注文した洋服が到着し、それらと一緒に新聞は私の部屋に届けられた。いつ買ったのか忘れてしまったほど遅れて届いたワンピースは、どれもイメージしていたものとかなり違っていて、生地が固く、自分には似合わなそうなくすんだ色合いで、ウエスト部分がチェック柄の切り替えになっている少し古臭いデザイン。期待はずれだった。注文した時は確かにこれがいいと思ったはずなのに、好みなど激しく移ろうものなのだと改めて感じ、漠とした虚しさに襲われる。

ビニールに入った何着かの服の下に今朝読んだはずの新聞があり、もう一度目を通す。大きなスペースを割かれた週刊誌の広告に、好きだった人の名前を発見し、胸苦しいような、それでいて心が華やいでいくような、逆のベクトルを向いた感情がにわかに膨張していくような感覚があった。心が押し広げられ、どこまでも拡大していくなかで、中心に空洞が生じた。気持ちがそぞろになるのと同時に、その内部に静けさが広がる、そんな感覚。それは、全く新しい始まりを予感させた。