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Dépôt de Météorites

二度目の卒業

ラジオから新進気鋭のバンドの紹介。ラジオなんだけどなぜか映像も配信されており、次々に新しいバンドの音楽がワンフレーズ、そして彼らの日常生活の一コマや、応援している友人やファンなどの声が手短に紹介される。
紹介リストには聞いたことのない何十組のバンド名がずらりと並んでいて、小さすぎて読みにくい。番組パーソナリティーが発掘してきたバンド達なのだとか。

パーソナリティーは古舘伊知郎のごとく饒舌で、ティーレックス(有名な日本のバンドらしい)を見つけた音楽評論家◯◯(夢の中では確かに名前があったが忘れてしまった)がどれほど素晴らしかったかを熱弁した。彼がもしティーレックスを見つけていなかったら音楽シーンにおいてどれほどの損失だったか、彼の存在がどれだけ偉大だったかを繰り返し強調する。半生で一度も噛んだことがなさそうなほど滑舌が良い。私は衣類を畳みながら片耳で聞いている。この人、自分もその評論家みたいになりたいわけだ。それがこの活動の意義なわけだな。若く初々しいバンドが日の目を見るためにと語っても、結局は自我の欲望なんだな。熱が空回りして見えてくる。

ベッドの上の山と積まれた衣類をたたみ尽くして、ようやく仕事が終わる。映像のバンドメンバーはまだ高校生くらいの若い子もたくさんいる。サポートしている女の子たちはまるで野球部のマネジャーみたいに素朴で純真そうな子ばかり。
そういえば、私はようやく高校を卒業することができたのだった──ということを、不意に肩を叩かれたように思い出す。一度断念し、おとなになってからもう一度高校に通いだして、それも卒業間近で幾度となく挫折した。今回こそ、とうとう本当に卒業することができたのだった。それは紛れもないことで、称賛してやってもいいことだと何度も自らに言い聞かせる。そうでもしないとまたふわりとその事実が風に舞い、どこかに消えてしまいそうで。

変わり映えせず、いつもの場所でいつものように洗濯物を畳んでいても、私はもう以前の私ではないのだ──ということをいつまでも名残惜しく味わっている。噛み続けて味のしなくなったガムみたいに。

──数え切れないほど見てきた、高校に二度目に通っているシリーズ、初めて卒業することができていた。ちょっとした感慨を覚える。魂の階段を一段昇れた気分。

 

メッセージ

掃き出し窓の外は真っ白い光の世界で、眩しさに滲んで見える。窓辺に立っている父の背中が見える。父はなぜだか何も身に着けておらず、裸のままで真っ白い光と向かい合っていた。白いレースのカーテンが窓を縁取って、柔らかく揺れている。

それに対して室内は不自然なほどに暗く、強いコントラストで弾き合っていた。私は室内の闇の中にいて、窓辺のシルエットが父であることに気づく。父は顔だけを傾けて、私の方を振り返る。

今はそれでもいいが、家族を作ることを諦めるなよ。父がその言葉を発したのか、心にダイレクトに概念を届けてきたのか、どちらだったかはわからない。その言葉はとても重く、胸にのしかかった。私は父のいる光の窓辺に近づいていきたいと感じなかった。近づいていけるのだということすら知らなかった。言葉の重さを味わうことで精一杯で、心に余白がなかった。

 

この頃どういうわけか夢を覚えていられなくなって、久しぶりに記憶に残る夢を見た。
確かに、家族やそれ同等の近い存在を新たに作ることはもうできないのかもしれない、それでも構わないと思い始めていたのかもしれない。やがて母がいなくなったら天涯孤独となるということを受け容れなければいけない、その準備をしなければいけない──その思いがずっと低周波音のように鳴っていたかもしれない。
父はそうじゃないと伝えに、夢に出てくれたのかな?

 

両性具有

蒼い闇に沈んだ古い診察室で、カンテラの灯りが滲んでいる。医師と私は対面して座っていた。すべてのものの影が濃く、そして均一な黒さで、医師たちや私といった実態を持つ肉体が投影するものではなく、むしろその黒々とした何かの投影が私たちであるような感覚を抱いた。

主治医が机の前に腰掛け、助手のような存在が後ろに控えていた。医師は、十二分な沈黙を含ませて滴るほどになった言葉を、ようやく産み落とした。あなたの遺伝子は、あなたの実父のものとは一致しません。実母のものとも一致しません。
驚きはなく、何の感情の動きも感じられない。医師たちの目を見る。その瞬間、この医師たちこそが自分の肉親なのだということが何故だかわかった。

彼らの目は、一見ごく普通の東洋人と何ら変わらないのだけれど、眼差しのどこかに青い影があった。ああ、この人たちは人間ではないんだと直観的に理解する。
自分の姿はどうだったか思い出そうとする。瞼の裏の残像のなかからひねり出した映像は、私自身の姿ではなくなっていて、長い間想いを寄せた男性の姿に置き換わっている。私は彼自身であり、彼は私自身だった。両性具有の魂を持つ規格外人間の特徴を、想い人の姿から知ることとなる。

その人物は、あり得ないほどの美しい顔立ちであり、鍛え上げられた完璧な肉体美を持ち、一グラムの贅肉もないように思える。人智を超えた素晴らしい能力も持つという。目尻が少しだけ下がっていて、寝不足が続いた後のような目の下の隈が特徴的だった。鋼鉄も穿つレーザーのような視線。少しだけ黒ずんでいながら、内部機関が透けて見えるような透明な肌。それらもすべて、その規格外人間である証だという。

私は愛する人の体に入って、その人のなかから世界を見ているのかもしれない、その事が信じられずに世界の何もかもが幻のように感じられる。

その人物つまり私は、深夜の診察室から、入院施設へと送られることとなる。地元のS郵便局の入り口から案内されるままに進んでいくと、狭い入り口からは想像もできない広々とした空間が奥に広がっており、ちょっとした体育館のようだった。

真っ白に塗られたばかりで触れればペンキが付きそうな壁に掲げられた案内表の通りに左手の方に進むと、私の入る予定の部屋があった。広い体育館の端の方、奥まった窓際に無機質なパイプ作りのベッドがたったひとつだけ寂しげに置かれていて、それ以外の広い空間では、数人の若い男性がバスケットボールで1on1をしていた。彼らは赤や緑や、色とりどりのプルパーカをオーバーサイズで着崩していて、急に色鮮やかなものを目にしたので頭がクラクラとした。彼らは見たところ規格外人間ではなく、なぜ私の入院する部屋で楽しげに遊んでいるのかわからなかった。異物感を噛み砕くように、私はそのさまをじっと見つめていた。

 

痙攣

ベッドに眠る私は身体が意のままにならず、痙攣のように震えたり、ビクッとしたり、海老反りになったり、他人に操作されているかのように動いてしまう。
それが何故か決して不快ではなく、むしろその動きに身を委ねることが徐々に心地よくなってくる。誰かが私の身体を操作していて、私にはどうすることも出来ない。抗うすべもなくされるがまま。その誰かの存在が突如として愛おしくなり、時空を超えてどこかに確かに存在することに心が熱くなる。快さに身を委ねるのはどこか背徳的で、それ故の密かな歓びも同時に身体を貫いた。

ベッドの足元の部分にM・デラックスが座っている。体積にすると本物の5分の1ほどのミニサイズで、熟しきったトマトのような色のシフォンドレスを着ている。Mはなにか言いたげだがそれをじっとこらえているような表情で、私の方を振り返って見ていた。私は勝手に動いてしまう身体のせいで布団がはだけてしまうのを心配する。何故か私は何も衣類を身に着けていなかった。

やがてMは長く前置きをして、言葉で緩衝材を高々と築き上げた後、なにか核心的なことを言おうとする。もしかしてそれを言うつもりなら、それだけは恥ずかしいからやめてほしいと心のなかで願う。Mは身悶えるような素振りで、慎重に言葉を選びながらも、ついに言い放った。「その震えは欲望の現れなんです。渇望の現れなんですよ。これはどうしても言わなければならない、仕方のないことなんですぅ!」

やはりそれを言われたか!と羞恥心で消えてしまいたいような気分になる。未だに意識と身体は切り離されたままで、ミニサイズのMが私の部屋から出て、巨体をゆさゆさと揺すりながら、ひらひらと赤い衣装の裾を揺らし、ぎしぎしと音を立てて階段を下りていくのを、視線で追うことしかできない。

──小さいマツコさん、ちょっと可愛かった。

 

ノイズ

暗闇の中を走る車の後部座席で、流れている音楽に耳を傾けるが、大音量であるがゆえに快適でない。運転席には、歳が離れているせいかあまり親しく話したことのない従兄。音楽は大音量なのに、何の曲なのかどのようなメロディーなのかが全く感じ取れない。辛うじてそれが音楽であるとわかる、ノイズの集合体。

丁度いいバッグが見つからず、仕方なく家にあった誰のものかわからないオレンジ色の革製のハンドバッグを持ってきた。それがあまりに自分にふさわしくないし、似合ってもいないし、革の匂いが気になって仕方なく、気に入らないことばかりに閉ざされる。見えない仮面を自ら被り、自分のものではない持ち物に囲まれ、一挙手一投足が窮屈で、その上でどんな自分を演じたらいいのか解らない。居たたまれない心持ちで、こころなしか肩を丸めて俯いている。車内の闇を、時折対向車のライトがえぐっては流れていく。

運転席の従兄が何か言葉を発した。音楽がうるさすぎるせいか、言葉が聞き取れなかった。度々聞き返すことが礼に悖ることのような気がして、またとても恥ずかしくて、多分このようなことを訊かれたに違いないと想像した内容に対して返答する。するとまた従兄が何か言う。私の声は彼に聞こえているのに、彼の声は意味をなして聞こえない。轟音の中に言葉が吸い取られ、意味を解体されたただの音に還ってしまう。私は聞き返すことが出来ず、もう一度見当違いな返答をする。それが見当違いなのかどうかすら確認できない。従兄がもう少し大きな声で話してくれたらいいのにと思う。いつも声が小さめで聞き返されることも多かった自分がどの口で言う?と皮肉を投げかける思考。

この状況を笑顔で切り抜けようと、私は必死に微笑んだ。従兄の表情がミラーに映る。笑っているようにも、全くの無表情にも見える。感情も鏡に吸い取られ解体されてしまったかのように。外界が以前にも増した異世界となり、手掛かりとなるあらゆる方法論、これまでの人生で鍛え上げてきたスキルが無に帰してしまったという戸惑い。