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蕎麦屋と8桁の数字

カレンダーを見ると、今日は18日だった。それに気づいて愕然とした。
今月末には帰国する予定だったはず。それまでに航空券の手配をし、荷物をまとめて部屋を開け、することがたくさんあるのにまだ何もできていない。友人Kと話し合って、数週間各国を旅して回るつもりだった。本来なら今頃旅行中のはずだ。なのに一体何をしていたんだろう。
私は友人Kをつかまえて、語気を強めて相談した、というより問いただした。Kはそもそもは旅行に乗り気だったはずなのに、今になってなぜだか消極的になっている。もう少しここへ留まりたい様子が見て取れる。
私は「滞在を延長することはできないからね、もう経済的にも無理だし」と釘を差した。彼女がもう少しここにいようよ、と言い出す前に牽制した形だ。


次の瞬間、私達は立ち食い蕎麦屋に居た。狭い横丁にひしめき合うように小さな店舗が並んでいる。十数軒並んだ店は全てが蕎麦屋だった。辺りは薄暗く、暖簾に書かれた文字も判読しにくいくらいだった。私達はそのうちの一つの店に入ろうとしている。
暖簾の向こうには、質屋のようにガラスの窓口がひとつ。そこへ質草をおずおずと差し出すように数枚の小銭を差し出すと、代わりにトレイに乗った蕎麦が出てくる。店の外にカウンターが有り、そこで蕎麦を食べられるようになっていた。


友人Kはいつの間にか、幼馴染のYに変わっていた。Yは無言で蕎麦をすすっていた。私は蕎麦を注文せず、彼女のそばに立っていた。狭いカウンターの周辺はトレイを持って歩き回る人が大勢いて、ただ立っている私は邪魔なだけだった。すれ違う人に舌打ちをされているような気がした。思い込みなのかもしれないが、そんな気がした。
私はYに許しを乞うように、じっと彼女の様子をうかがっている。Yは時折振り返って、冷たく私を睨んだ。なぜ蕎麦を食べないのかと私を非難した。
そこへ、Yの友人らしき二人組がやってきた。彼女らは私を蔑むような目で見て、なぜこんなのと一緒にいるのかとYに問いかけた。Yは彼女らに媚びを売るような態度を示した。私は自分から二人組に話しかけ、自分はもう消えるから、Yを一緒に連れて行ってくれるようお願いした。Yは驚いたような顔で私を見た。


私は帰国のために荷物をまとめなければならなかった。ダンボール箱に物を詰めていくとすぐいっぱいになり、もう一度詰め直してみる。順序を変えれば入るような気がした。それでも無理だ。
これを抱えて一人で郵便局へ持っていかなければならないのだし、重いものも外し、必要ないものは置いていこう。入浴剤なんか置いていったって構わないな。私は、周囲に居た、同じ学年だけれど一度も話をしたことのない女の子に話しかけた。この入浴剤、良かったらあげるよ。
女の子は、入浴剤に8桁の数字がちゃんと印字されていたら、もらってもいいよと言った。8桁の数字? 私には何のことかわからなかったが、入浴剤のパッケージの裏側を見ると、たしかに細かい字で数字が刻まれていた。8桁…ではなく、数字の後に意味のわからない文字がいくつか尾ひれのようについていた。
彼女にそれを見せると、ああこれは食品添加物の簡略化された記号だから、これを見ると何の添加物が入っているかわかるんだよ、と言っていた。彼女は安心してその入浴剤を受け取った。