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隕石の堆積場

動物を食すこと、植物を食すこと

世の中には、少数派というものが存在することだけで気分の悪くなる人達がいるらしい。ヴィーガンベジタリアンだったり、LGBTだったり、何でも構わない、ただ少数派である人々が自説を主張するだけで、どうしてそんなに叩こうとするのか私にはよくわからない。どんな心理でそういう行動をするのか、考えてみようとしても気分が悪くなるのでやめてしまう。


大手のニュースサイトで、ベジタリアンを擁護する内容のコメントが袋叩きにされているのを見たことがある。大体同じような詭弁が繰り返されていた。動物を殺すのは可哀想だと言うくせに、植物だって命があるのに平気で食べているじゃないか、というような。
動物のこどもを殺すなと言うくせに、植物の赤子である果物を平気でむしり取って齧り付いているじゃないか、という内容を目にしたときには、そこに込められた悪意に寒気を感じた。
植物が自らの種を絶えさせないよう、動物に果実を食べさせて種子を遠くに運んでもらうために、植物の方がそう進化したのだということを知らないわけではないだろうに。


植物も動物も、どちらにせよ命を頂いているのだから、感謝して食べればよいのだという一言で片付けようとするコメントも多かった。それにも強い違和感を抱かずにはいられなかった。
私も含め、どれだけの人が肉を食べる度毎に犠牲になった動物に感謝を捧げて食べているだろうか。その程度の軽い感謝で足りるものなのだろうか。
人間より進化した新たな生物が現れて、人間を飼育してまるまると太らせたあと屠殺して食べるようになったとしたら? 死んでくれてありがとう!美味しく頂くね!と言われながら殺されたなら、それに納得して喜んで死んでいくだろうか?
感謝という言葉が免罪符のように使われ、あまりにもぞんざいに扱われることに軽く吐き気を感じた。


植物を刈ることが、植物を殺していることだといえないこともない。けれど、動物を屠殺することとは全く別のものだということは、通常の神経で考えれば当然に思えるのだけれど、それは私の普通であって、他の人にとっては普通でないのかもしれない。
植物を刈り取ることと、動物を屠殺することは、どこがどう異なるのか。自分の中で明確にしたくなり、私なりに考えてみた。あくまで個人的な捉え方なので、正しいかどうかはわからないし、わからなくていいと思っている。


動物の目を見れば、一頭ずつに魂があることは感じ取れる。人間と同じ、一人に一つの魂。
それに比べて、植物というのは一株に一つの魂とは考えにくい気がする。一つの種に一つの魂があるか、もっと大きな視点で、それら全てを束ねる、植物界全体に一つの大きな魂があるのかもしれない、とも思う。
植物はみな大地に生えている。大地がなければ植物は育たない。大地というのは地球のことであり、植物は地球に根ざしている存在。その意味で、植物は地球と一体であり、地球そのものであると言えるかもしれない。
種を遠くに運んでもらうために、果実は動物に好まれるようなものに進化した。植物は果実を食べられることを望んでいる。食べられることで動物と共存することを望んでいる。


動物も種を守るために繁殖し、数を増やしていこうとする本能はあるけれど、一頭ずつにはじめと終わりの明確な命と、そこに宿る魂がある。地球上に生きていても、地球と一体ではない。
一頭の動物を殺すのは、もしかすると、地球という星一つを滅ぼすのと同じくらいのことなのかもしれない。


肉食動物は、他の生き物を食べて生きるように設計された生物で、それ以外に生きるすべがない。必ずしも肉を食べなくても生きられるのに、肉を食べることを選択し続けるのはまた別の次元の話。
人間は、他の動物を食べることを続ける以上は、半分獣、半分人間という状態のままではないかと思う。それを敢えて選択して生きている。人間同士でも、強いものが弱いものから奪い取り、虐げながら生きているのは、肉食獣である証明だ。
全体的に人間となるのには、まだまだ道半ばなのかもしれない。それでも、半分獣の状態を卒業する道の上にいて、そこへ進んでいると信じたい。


もし屠殺の現場をテレビなどで流したとしたら、どうなるだろう。そこでなされていることを、私を含め皆知らない。なんて残酷なシーンを流すんだとクレームの嵐だろうけど、クレームをつける人自身も、そうして殺された動物の肉を食べて生きていて、その殺戮に参加しているも同然と言えるのに。
人間は自分の残虐さを知らないし、知りたくない。それを直視することができない。穢れたものは埋め込んで、無かったことにしてきた。それでも、それは無くなったわけではなく、目に見えないところで腐敗が続き、その腐敗臭を隠すためにさらなる美談が必要になる。その連鎖を断つべき時が来ているのでは。


私自身、完全なベジタリアンなわけではないし、今でも肉も魚も食べている。一度動物性のものをほとんど摂らなくなった時期があるのだけれど、貧血がひどくなってしまったので、それからは緩くなり、全く排除しようとするのはやめた。時間をかけて、少しずつ身体を改造する必要があるのかも。
いつか完全な人間となって、獣である部分を終わらせることができるように、植物界のように全てとバランスを取り共存していこうという精神で生きられるように、私自身も進化していきたいと願う。

 

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