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花の形をした椅子

ホテルの部屋に母を残し、私は廊下へと出て、どこかへ向かっている。ホテルの建物は大きく、込み入った造りで、歩いているうちに私はどこへ向かっているのかよくわからなくなった。歩けど歩けど、同じようなところを堂々巡りしている。


ある階のロビーに、マゼンタピンク色の花の形をした奇妙な椅子が、数脚置いてあった。腰掛ければ、花弁の中に身を沈める形になる。食虫植物に溶かされる昆虫になったような錯覚。空恐ろしいので、私はその椅子を避けて行こうとするが、なぜか花の椅子が私の前途を阻む。椅子を動かして道を空けるのだけれど、自然に椅子は元あった場所に戻ってしまう。空間のほうが歪んで、元の位置に戻してしまうのだ。ホテルの建物自体が、胃の蠕動運動のように動き、内在するものを意のままに動かしてしまうのだと気づいた。だんだん壁が私に迫ってくる。壁を押せば、ぐにゃりと押し返すことができる。しかし数秒後にはまた、四方の壁が私に迫って距離を縮めてくる。ホテルの内臓の中で溶かされる寸前。


私は白いTシャツと、ショーツだけしか身に着けていない。追い詰められて走り回るうち、生理が始まってしまう。部屋に戻ってナプキンを手にトイレに飛び込まなくてはいけないのに、どこをどう歩いても建物のほうが歪んできて弾き返される。半狂乱になり、母を呼びながら泣き叫んだ。


いつの間にか私は外の世界にいる。Tシャツ一枚で、お母さん!と叫びながら、剥き出しの脚に血を流して泣きわめいている様は、どこから見ても狂人にしか見えない。カフェのような店舗で、クラスメイトだったKによく似た女性がいた。私は恥を忍んで近づき、わんわんと泣きながら、ナプキンを持っていないか、持っていたら恵んでほしいと言った。その人は、表向き私を労ってくれるような態度を取りながら、裏に入ってすぐ警察に電話した。


ふらふらと歩いていると、自宅へとたどり着く。自宅の建物は、壁の色がミルキーな淡いピンク色に変わっていて、建っている場所も、本来の位置から数十メートルずれている。世界がボタンをかけ違え、ひとつずつずれているような感覚。以前と変わらぬ部分もあるけれど、リフォームされて新しくなっている部分もあり、全体としてまるで見知らぬ家になっている。もといた世界と何もかもがほんの少し異なる、全く別の世界に迷い込んでしまったことに気づく。家から父が出てくる。話をするも全く噛み合わない。既に完全にボケてしまっていて、まともな会話が成立しない。父の姿をした別の人物なのかもしれない。
自分の属さない異世界に一人で放り込まれ、途方に暮れる。母と永遠に引き離され、天涯孤独であり、知る人は一人もない。孤独という怪物の胃袋に飲み込まれてしまったように。