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Dépôt de Météorites

脳内ハッキング

職場に持ち込んだぬいぐるみや人形が幾つか。自分の癒やしのために並べていたその子達をじっと見つめていると、昼間の何時間しか一緒にいないのに、彼らに苦痛を強いているような気分になってくる。家に連れて帰ることを決め、大きめのトートバッグに彼らを入れ、駅へと向かう。バッグにはジッパーがなく、上から見るとぬいぐるみの頭が見えている。それを隠すため、脇に抱え込み背を丸める。

ホームはガラガラで、まだ電車の来る時間には遠い。先頭車両の止まる位置だけ人が多く、行列が出来始めている。そうだ、到着したあと先頭車両が一番改札に近いんだった。何十年ぶりに電車に乗るように、記憶の奥底から泥だらけの古い鍵を掴み上げるように、そのことを緩やかに思い出す。

電車に乗り込むと、一斉に椅子取りゲームのように人々が座席目指して突進する。狹い空席にお尻をねじ込もうとする。隣に座ろうとした女性とほぼ同時で、どちらも譲らず、窮屈に肩をぶつけ合って座ることになる。私はバッグの中が見えるのを危惧し、それを抱えて前かがみになる。

「かわいそうに、その子達が窮屈だと言ってるわよ」意識の中に声が響いた。隣の女性が発しているものと気づく。「何を恥ずかしがってるのかしら、馬鹿みたいに」私は彼女の頭の中をハッキングしているのだろうか? 次々に隣の女性の考えていることが意識に流れ込んでくる。私はより頑なにバッグを強く抱え込み、耳を塞ぐことも出来ず、やり過ごすしかない。

自宅マンションに向かうと、隣の女性がついてくる。マンションは鉄骨が剥き出しで、まるでステンレスラックに四角い石鹸が並んで乗せられているように、ひとつひとつの部屋が独立して鉄骨の上に並んでいる。知らないうちにこんな形状に建て替えられてしまったのかと驚く。
女性はマンションの管理人らしい人に声をかけ、親しげに談笑を始める。その様を横目で見ているうち、彼女の発する声が意識の中に聞こえた声と全く同じと気づく。もしかして、彼女は実際に声を出して、私に話しかけていたのでは? 私はそれを頭の中だけに響く声と思い込み、完全に無視してしまったのでは? 疑いが次第に膨れ上がってくる。