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ささやかな復讐

私はとても嘘つきな子供だった。都合の良い嘘を吐くと、辻褄を合わせるために更なる嘘が必要になるけれど、絡まりあった幾つもの嘘を上手に捌いて破綻しないようにすることが大抵の場合できた。
そのためにいつも気持ちは張り詰めていた。それでも自分にとってどうしても嫌なことから身を守るために仕方ないことだと感じていた。それでいながら、嘘を吐く度に罪の意識は降り積もっていき、根雪に埋まっているように身動きが取れなくなってもいた。

おとなしすぎて競争意識のない子供だったので、ドッジボールとかバスケットボールとか、ボールを奪い合うような球技はとても嫌いだった。ボールを避けてできるだけ関わらないように逃げ回っていたけれど、たまに自分のところに球が来るとたじろいでしまって、焦るあまりにさらにとんでもない失敗をしたりした。

中学一年のバスケットの授業でのこと、思いがけず手元にボールが来てしまって、敵チームの子がすごい圧で「こっち!」と叫んだので、私は思わずその子にボールを投げてしまった。相手チームにボールを渡すという考えられないほどの大失態なのはよくわかっていたけれど、その瞬間動転して思わず体が動いてしまったので、自分でもどうしようもなかった。

自分はなんて間抜けなんだろうと、心のなかで自分にビンタを喰らわしている時、同じチームの運動の得意な女の子が寄ってきて、私の両肩に手を置いて「相手チームの子にボールを渡しちゃ駄目だよ」と真剣な顔で優しく諭すように言った。私はコクンと頷くしかできなかった。
そんな事はわかりきっているけれど思わずしてしまったのであって、相手に渡そうと思って渡したわけじゃない、それほど馬鹿じゃない!という言葉をぐっと飲み込んだ。むしろ罵倒されたほうがまだましだった。分別のつかない子供にするような対応をされたことに、時が経つほどに苛立ちが募った。

それ以来、その子がどことなく苦手になって、日々些細なことの積み重ねで嫌悪感が募っていった。いつも陽気で華やかな佇まいの彼女に、悪気はないのはわかっているし馬鹿にしているのでもないのもわかっている。けれどどうしても運動の苦手な子を指導してやっているという上から目線が鼻についた。
私自身は得意な分野で、あんなふうにどこか人を見下ろすような空気を醸し出していないだろうか?と激しく意識して、神経をすり減らすほどになった。

ある月曜日、その苦手な子がみんなのいる前で私に言ってきた。「昨日Sデパートに来てたでしょ?」私は実際、前日にデパートに買い物に行っていた。その時私はその子がいるのに気づかなかったけれど、向こうは私に気づいたらしい。
なのに私は咄嗟に「ううん、行ってないよ」と答えてしまった。なぜその瞬間にそんな嘘を吐いてしまったのか、あまりにも一瞬だったので自分にもわからなかった。「えー!うそー!赤いコートを着てたじゃん!」確かに赤いコートを着ていたのだけれど、引っ込みがつかなくなった私は、赤いコートなんて持ってないと答えた。それでもその子は「昨日デパートに響ちゃんと “同じ子” がいたの!」と他の子たちに必死に話しかけていたけれど、真偽を確かめようもないのでみんな戸惑って、黙ってスルーするしかなかった。

そんなちっぽけでくだらない復讐をした私は、別に心が晴れるわけでもなく、何も考える間もない程のほんの刹那に、衝いて出るように無意識に嘘をついたということが逆にとても衝撃であり、自分というものが怖くなった。
嘘が私に寄生して、私という生命を宿主として生き始めているような、私は既に私ではなくなり、嘘という生物に乗っ取られてしまったような気分になった。嘘がどんどん私の中で増殖していく。覆い尽くされて、嘘を具現化した顔というものがあるなら、それがまさに自分の顔となっている。

その苦手だった子の名前もぼんやりとしか思い出せない。多分Kちゃんだったと思う。向こうはデパートで私を見かけたことなんて、そして嘘を吐かれて恥をかかされたことなんて、そして私の存在までも、綺麗さっぱり忘れているのかもしれない。