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不倫と契約

人が不倫していることなんて、なんの興味も関心もない。その人の人生でその人の勝手だと思う。世の中はなぜ他人の不倫に大騒ぎするのか分からない。
結婚なんて紙切れ一枚で決定するただの社会制度。そこに必ず愛があるわけでも絆があるわけでもない。それが無意識にでも良く分かっていて、制度に繋ぎ止めてもらわなければ不安で仕方ないから、その制度を裏切る行為に目くじらを立てるんだろう。

不倫をしたのが自分の配偶者でもないのに、知り合いですらないのに、公開処刑して溜飲を下げるような人たちは、現実に自分が愛されていないことを良く知っている人たちなんだと思う。だから一度履行された契約に忠実でないことが社会に認められてしまったら、そんな風潮になってしまったら、自分はどうなってしまうの?と不安で仕方ないのかもしれない。
自分がそれで損をする立場だから、必要以上に怒り狂っている。逆に言えば、結婚という契約によって得た利権を手放したくなくて怒っている、既得権益者だということか。

恋愛というものは、社会から自然消滅してしまったみたいだ。絶滅危惧種か。彼氏・彼女という言い方が昔から軽薄でとても嫌いだった。告白して、付き合ってくださいと伝えて、OKが出たら彼氏彼女という社会的立場が得られる。これは契約でしかない。会社にエントリーして内定をもらうのとなんの違いがあるだろう。
内定をもらったのと、コクって受け入れられたのと、プロポーズが成功して嬉しいのとは殆ど同じことに見える。相手に承認されたということ。自分の条件・スペックを認めてもらったということ。承認欲求を満たしてくれた高揚感と、所有欲とが入り混じったものを、恋と勘違いしている場合も多いみたいだ。

理想的で憧れの対象のように見える他者を、ひたすら褒め称えてチヤホヤする。歯の浮くような褒め言葉がコメント欄にずらりと並んでいることの気持ち悪さ。
自分にとって高スペックで羨ましく思うような他者を褒めちぎることで、その人と同ランクは無理でも、同じような系列の同類の人間として、仲間に入れてもらえるような気がするのだろうか。

手のひらを返して、自分にとって脅威となるような、不倫などをやってのける人物に対しては、正義の名のもとに徹底的に叩き潰す。正義の名のもとでなければできない行為だから、とても気持ちがいい。正義の後ろに隠れていれば、自分が非難される危険はない。人を裁くのは一段上からの目線だから、更に気持ちがいい。

くだらなくって笑えてくる。世の中にますます興味が薄れていく。
SNSなどで、会ったことのない人や有名人などとも簡単に繋がれるようになって、人との繋がりは増したように見えていても、中身はスッカスカで、骨粗鬆症みたい。

真の友がどんどん減って、ただの知人、ただやり取りをするだけの知り合いが増えただけだ。そっちにかまけているうちに、真の友人を作り、友情を育てていく時間もなくなった。タイパが悪いからね。
だから恋人なんて尚更。承認してくれた彼氏彼女は、恋人とはとても言えない。契約関係。ビジネスと同じ。他にもっと条件のいい人が見つかった途端契約解除。世の中の恋愛模様の殆どがこういうものだとすれば、恋愛に興味のない草食系が増えるのも当然に思える。

世の中の病んだ繋がりの象徴のようなものに、自分を汚されたくない気持ちがあって、SNSは何もやっていないし、スマートフォンすら持ってない。
そんなくだらない希薄化した関係なんていらない。いらないどころか害になる。できる限り避けて通りたい。
社会から追い出されたように見える人たちは、社会がくだらなすぎて自分から出ていっただけかもしれないよ。人に認めてもらいたいなんて気持ちを捨てたら、人並みでありたいなんて思いも捨てたら、レールの上を走りつづけるなんて馬鹿らしくてやってられない。なんの価値も感じられなくなる。