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悪筆

パリの北駅の近く、友達と二人疲れ果てて小さなレストランに入った。夜遅かったし適当に食事を済ませたかったので、どこでもいいから目についた店に入ることにした。
無愛想な店員さんが持ってきたメニューはすべて手書き文字で、いかにもフランス人らしくものすごい悪筆だった。メニュー程度の簡単なフランス語なら何とかわかるつもりだったけれど、そもそも文字がほとんど判読できないとは予想外。貧乏旅行だったから、安いものしか頼めない。仕方なくメニューのいちばん上の、いちばん安いものを指差して注文したら、出てきたのはお皿に山盛りのフレンチフライだった。
そんな笑える記憶をふと思い出す。

眼科医で眼鏡の処方箋を出してもらった。家に帰ってから、処方箋に書かれた数字をしみじみ見たら、とても癖の強い字で判読できない。受付の若い女の子の書いたであろう、ちょっと子供っぽい飾り文字風の数字で、どうにも読み取れない部分がある。
仕方なく電話をかけた。先ほど受診した者ですけど、処方箋の数字が読めません!
対応してくれた子は機械的に正しい数字を答えてくれたけれど、謝罪の一言もなかった。自分好みの字じゃなく誰にでも読める字を書いてよね仕事なんだから!と言いたかったけれど、電話に出たのが書いた人と同じとは限らないし、この人を責めても仕方ないと思って穏便に電話を切った。

人に読んでもらう文字は、人が読みやすいように書かなくちゃいけないから、どこか変な力が入り、気取って書いてしまう。丁寧に書かないといけないと思うから、面白味も味わいもない文字になっていて、自分の字とは思えないし、好きになれない。
誰に読んでもらうわけでもない日記やメモなどは、逆に必要以上に汚い字で、とても見せられないような悪筆で綴ってある。読まれたら恥ずかしい内容だから、誰かに見られても判読しづらいように……というような無意識のバイアスがかかっているのかも。

それにしてもあまりにも酷い字なので、このままではまともな文字が書けなくなりそうで、時々気合を入れて整った字を書いてみようとすることがある。読み返すとそこだけ字が明らかに違うので笑ってしまう。
なんでこんなに汚く書いてしまうんだろう。ペンを動かすのも面倒くさくて、できるだけ動かさずになんとか判読できるそのギリギリのポイントを攻めている。これは一応エコな文字なのかもしれない。
手帳なんかに、カラフルなペンを何色も使って、可愛くデコって記入している人がいるけど、どうしたらそんなエネルギーが出てくるのか。私はたった一色のペンで崩しきった字を紙面に埋め尽くすだけでもくたびれるのに。

人に見せる字でも見せない字でも同じように、ある意味全く配慮なく自分の字を書ける人の図太さが羨ましい。読まされる方は不便もあるけれど、判読できないような癖のある字を堂々と書ける神経が本当に羨ましいんだ。決して嫌味じゃなく。

病院で血液検査をして、先生が余白に何か書き込んでくれてある。何やら心配はいらないですよという内容らしいのだけど、ミミズがのた打ち回って苦しんでいるような字で全く読めない。本当に困る。でも羨ましい。