ゼミのために集められたのは真新しい図書室で、没個性的なくすんだ乳白色の壁に四方を囲まれ、まだひとつの装飾もないその部屋は、どことなく油性塗料の匂いがしてきそうだった。そこに集った蔵書たちは真反対に、古びてセピア色を帯び、それぞれの時間を重く背負っていた。それらは日本文学についての研究などアカデミックで鯱鉾張った書籍ばかり。貴族的な自尊心を冷たく漂わす。
教授は退屈そうに俯きながら入室すると、今日の課題はレポートを一本提出することだと言い放つ。何のテーマでも一切構わないが、今時限中に書き上げて提出すること。何の下準備もしていないので、何について書くか俄に思いつかない。周囲に居丈高に並んでいる本に頼ることも出来なさそうだし、こんなスノッブな奴らに借りを作りたくないとも思う。どんな場違いなテーマでも構わないなら、そうだ、ハシビロコウについて書こうと思い立つ。嗤われようと呆れられようとそれは相手の問題であって私の問題ではない。心は瞬時に整頓され、一糸乱れぬ列を成す。
大きなセンターテーブルは透明なアクリル板のようなもので出来ていて、それが同時にタッチパネルにもなっている。ネットでハシビロコウに関する詳細で正確なデータを検索しようとするも、パネルは何か粘性の高い液体で覆われていて、ベタベタと指に絡みつき、まるで納豆か何かのように糸を引く。台拭きで何度も拭う。こびり付いた液体がところどころ白く固まり、さらに手垢のような汚れが黒く躙り寄っていた。視認性はすこぶる悪く、誤反応を繰り返す。諦めて、自分の記憶の中にある情報だけで書くしかない。
主な生息地はタンザニアやザンビアなどアフリカ中東部の湿地帯。どのように採餌し、つがいとなって子育てするか。日本にはどの動物園に何羽いるか。彼らすべての名前と性別。脚につけたリングの色。どの施設で繁殖を試みているか。世界でまだ二例しか人工的に繁殖させた例がないこと等々。流れるように書き綴り、誰よりも先にレポートを書き終える。外部から取り入れるデータなど全く必要なかったことを改めて知る。すべては内圧から湧き出した溶岩の灼熱の流れのようで、誰のどんな意図をも超えて溢れたもの。気高く凛とした佇まいのハシビロコウに転生した心持ちで、どこか誇らしく、背筋に天と地を結ぶ光の糸がすっと貫かれたように感じる。部屋を出て、大地を蹴り、2.5メートルを超える大きな翼を拡げて虚空へと飛び立つことが出来そうだ。いま私は自分自身についての子細な身上書を書き上げ、自身に関することなら何から何まで知悉しているように感じている。
柑橘を齧ったような爽やかさが駆け抜ける。迷いを払拭し、揺るがない軸を発見した。それは、過去にどれほど努力しても能わなかったこと。