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野蛮な時代への追憶

殺人の追憶』 2004年、ポン・ジュノ監督作品。傑作だという評判なので以前から観たかったこの作品をようやく観た。

ろくな証拠もなく、疑わしい人間を暴力と捏造で犯人に仕立て上げる。刑事が創ったストーリーをそのまま容疑者に喋らせ自白とする。なんとも杜撰な80年代韓国の地方警察。度を越せば上司の大目玉を喰らうことはあれど、彼らにとってはそれは当然のことで、慣習に則って当たり前のことをしている感覚。そこへ都会からやってくる、「書類は嘘をつかない」が口癖の、現代の私たちから見れば真っ当な感覚を持つ刑事。

対立する水と油の彼らだけれど、不思議とどちら側にも感情移入していかない。幾人もの容疑者も含め、登場する人物のすべてがどこかいけ好かなくて、映画という虚構空間に配置されたままの彼らのそばへと、すんなり近づいていけない感覚があった。知的障害のある最初の容疑者と同じように、誰もが互いに「話が通じない」という絶望的な距離の向こうにいる感じがする。誰もが凡庸で、自分の理屈だけで行動する。

黒澤明の遺伝子が韓国にあった」と評した方がいたそうだけれど、言い得て妙だと思った。圧倒的な細部へのこだわりを感じた。ちょっとコミカルなエピソードを挟み込み、それが絶妙な奥行きとなって陰影をもたらしている。そういうディテールの妙は北野武監督作品に通ずるものもある気がした。二人の刑事が飲み屋で言い争うそばで、上司がゲロを吐いてしまい存在感を示すシーンなど、すごくいいと思った。

愚かで人間臭い刑事たちは、情熱がないわけではなくて、むしろ犯人への憎しみだけで個人的な復讐を果たそうとするような、刑事としてはどこか不健全でもある情熱に支配されていく。一緒に走り続けるうちに、地元の刑事よりも、ソウルから来た理知的なはずの刑事が、より深くその泥沼に嵌ってしまったことに気づく。田舎町の、土地に根付く奇異な情念に染められてしまったかのように。発砲までして、ひとつ間違えばDNA鑑定で容疑者から外れたはずの容疑者を殺害してしまう寸前まで行く。
その最後の容疑者だけが、この空間で唯一、異質な匂いがする存在。彼が犯人だったのかどうか誰にもわからないけれど、「話の通じない」人々に対して、自らの意志で固く口を噤んでいるかのように見える。知的で涼しい表情を崩さない。そのうえで、内部から強い拒絶と嫌悪を滲ませる。パク・ヘイルの表情の演技が凄かった。あの表情は忘れられないと思う。

このストーリーは実際に起きた事件を下敷きにしているそう。「追憶」という言葉は、解決できなかった過去の事件への悔恨を込めた刑事の目線であり、同時に社会全体の、民主化前夜という野蛮だった時代への眼差しでもあったのかな、という気がした。